Web版 有鄰

576令和3年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

たまごの旅人』 近藤史恵:著/実業之日本社:刊/1,760円(税込)

たまごの旅人・表紙

『たまごの旅人』
実業之日本社:刊

子供の頃から遠くの世界に憧れていた堀田遥は、念願かなって海外旅行の添乗員になった。初仕事の目的地は、アイスランド。4泊5日の滞在だから、オーロラを見るチャンスは4回しかない。レイキャビクに向かう途中、憧れの先輩添乗員と再会して挨拶すると、意外な言葉が返ってくる。さらに、ツアー客が体調を崩して……(表題作)

添乗する『クロアチア、スロベニア九日間』のツアー名を見て、「どこ?」と思わずつぶやいた遥だったが、スロベニアの首都リュブリャナに着き、旧市街の美しい街並みに一瞬で魅了される。城も自然も料理も、どれも素晴らしいのに、参加者に押しの強い男性がいてツアーは微妙な空気になってしまう。横柄な父親に対し、元気のない娘の結さんが気になって(「ドラゴンの見る夢」)

アイスランド、スロベニア、パリ、西安・北京。新米添乗員の遥は、ツアー参加者それぞれの旅する瞬間に寄り添い、向き合っていく。ところが2020年、想像もしなかった事態が訪れる。

5~8月放送のドラマ「シェフは名探偵」の原作者でもある人気作家が、これまで旅した場所を舞台に、新米旅行添乗員の奮闘を描いた連作短編集。日常の謎解きが楽しめ、未知の世界と出会う海外旅行の醍醐味を味わえる。

ランチ酒 今日もまんぷく
原田ひ香:著/祥伝社:刊/1,650円(税込)

30代の主人公、犬森祥子の職業は“見守り屋”だ。夜から朝まで人を見守る仕事をする祥子の楽しみは、夜勤明けの「ランチ酒」である。ある日の依頼主、40代の向井康太は、東京から越す前に人と話したくなったという。引っ越しの手伝いを少しして向井宅を出た祥子は、餃子店に入り、羽根つき餃子とエビチリ玉子丼とビールを平らげる。祥子がランチを選ぶ基準は、酒に合うか会わぬかだ(第一酒 蒲田 餃子)

有名ブロガー、ミカママの依頼は、“見守り屋”のサービスを体験してブログに書いてもいいか? というものだった。引き受けてミカママと家族を見守った祥子は、せっかく大久保界隈に来たのだから韓国料理を食べることにする。サムギョプサルにキムチチャーハン、生ビール、マッコリも(第三酒 新大久保サムギョプサル)

祥子は離婚しており、10歳になる娘の明里は元夫と暮らしている。角谷と出会い、惹かれあう祥子に、明里から連絡が来て……。いろいろありながらも、日々新しい一歩を踏み出す祥子の人生を見守りたい、人間ドラマ×グルメ小説の第3弾。ビリヤニ、タイ料理、広島風お好み焼き、天ぷら、ザンギ、白いオムライス。美味しい! が伝わってくる物語だ。

Voyage 想像見聞録
宮内悠介ほか:著/講談社:刊/1,705円(税込)

長崎県の対馬に生まれたぼくは、高校進学を機に故郷を離れた。対馬と韓国はフェリーで約1時間の距離だ。ぼくは社会人になり、初めて韓国行きのフェリーに乗る(宮内悠介「国境の子」)

2つ目の月の出現は、地球の自転に影響を与えた。今は自転が完全に止まり、昼を追いかけるカティサーク号と夜を追いかけるノアズアーク号の二船に乗り込み、人々は生き延びていた。カティサーク号に乗船する僕は、会うことが叶わないと知りながら、ノアズアーク号の同い年の少女、リリザと日記を交換して4年になる(小川哲「ちょっとした奇跡」)

偽名を用いて裕福な家の運転手を務める私は、雇い主の出張先を聞いて、20年前の家族旅行に思いをはせる。12歳だった私は、離婚協議中の両親に連れられ、兄とともに祖母の家に行った。それは家族にとって最後の旅行であり、家族でいられた最後の夏になった――(森晶麿「グレーテルの帰還」)

ほかに藤井太洋「月の高さ」、深緑野分「水星号は移動する」、石川宗生「シャカシャカ」を収める、「旅」をテーマに人気作家が短編を寄せたアンソロジー。時空も着想も自由自在、想像力あふれる6つの物語だ。未知の世界へ、物語の旅に誘われる。

歌うように伝えたい
塩見三省:著/角川春樹事務所:刊/1,870円(税込)

テレビや映画に活動の場を広げて、2013年から14年にかけて多忙を極めた著者は、14年3月19日、66歳で脳内出血で倒れた。命はとりとめたが、左半身不随の後遺症が残る。絶望して苦しみのたうちながら、リハビリと現実に向き合った。

本書は、病に見舞われてから7年、右手人差し指で一文字ずつ記した書き下ろしエッセイである。病と入院生活のこと、リハビリ中の15年暮れに震災復興支援ドラマのオファーを受けてようやく演じたことなど、俳優として少しずつ社会に復帰してきた過程を振り返る。

故郷について、演劇の時代、若き日のシベリア鉄道旅行の記憶など、想いは過去へとさかのぼる。70年代後半に新劇の劇団員になった著者は、芥川比呂志、中村伸郎、岸田今日子、仲谷昇ら、個性的で魅力ある演劇人と出会った。〈病気をしてから次々に出てくる記憶の破片を探しているうちに、あの人たちに「此方においでよ」と呼ばれるのではなく、「もう少し生きて頑張れよ……」との声を微かに聞くからであろう〉。

仕事としてのドラマ、現世日常を生きる大きなドラマの2つの〈劇〉を生きる著者による、珠玉のエッセイ。懐かしい人やタイトルが語られていて、演劇をあらためて観たくなる。

(C・A)

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