Web版 有鄰

577令和3年11月10日発行

老猫と暮らす – 海辺の創造力

井上荒野

我が家の猫、松太郎は今年で21歳になる。私と夫が一緒に暮らしはじめて1年めに拾った猫なので、彼の「猫生」は私たちの結婚生活にほぼ重なる。

よく太っているし食欲も旺盛で、関節炎で脚を引きずっていたのも、サプリを飲んでほとんど治ってしまった。飼い猫が21歳だと聞くとみんな驚くし、松太郎を見た人たちが「そんな高齢にはとても見えない」と言ってくれるのは嬉しい。

でも、21歳という現実は変わらない。あと何年一緒にいられるだろう、と考えざるを得ない。私も夫も仕事場が自宅だから、猫と一緒にいる時間は長い。それでも、仕事に集中しているときは机の前から動かないわけだから、その間は実質的には一緒にいられない。

年齢的なものなのか、気分的なものなのかはわからないのだが、松太郎は去年から、2階に上がってこなくなった。私と夫の仕事場も、寝室も2階にある。八ヶ岳の麓は、9月の終わりくらいから朝晩冷え込む。一緒にベッドに入って寝てくれたほうが安心だし嬉しいのだが、抱っこして連れてきてもギャオギャオ不満を表明して、すぐに降りていってしまう(階段の上り下りは不自由なくできる)。これは寂しい――室温問題は薪ストーブの余熱や松太郎専用のホット座布団で解決したのだが。東京の家で暮らしていたときには2階の寝室で毎晩一緒に寝ていたし、2階の私の仕事場にもときどきふらりとやってきて、床の上でゴロゴロしたりしていた。それがなくなってしまい、今はこちらから会いに行くしかない。

松太郎は1日の大半を眠っているのだが、目を覚ましたときに近くに私たちがいないと、これまたギャオギャオと鳴く。締め切り間際や、うまく進まなくて机にかじりついているとき、その声が聞こえると、私は階下に飛んでいく。そしてごはんをあげたりブラシをかけたり、そのあとはソファの上で抱っこして松太郎が自分から膝から降りるタイミングを待ち、ああ仕事仕事、仕事をしなくちゃと思いながら2階に戻る。

ギャオギャオ鳴かなくても、それはそれで気になって、見に行ってしまう。すやすや眠っているのを眺め、起こさないように――起こすとまた3、40分は仕事ができなくなるから――と自分に言い聞かせ、仕事場に戻る。食事は1階で食べるし、夕食の後は基本的にソファに夫と並んで座り、どちらかの膝に松太郎を載せて、ネットフリックスの映画やドラマなどを観る。そういうふうにして1日が終わると、やっぱり、もっともっと一緒に過ごせばよかった、という後悔に毎度陥る。

心が休まらないことこのうえないが、その心は日常に溶け込んでもいて、老猫と暮らすというのはこういうことなのだなあ、と思っている。猫にかぎらず自分たちだって、歳を重ねて日常が変容していくということはあるはずで、それに戸惑いつつ少しずつ受け入れていくように、人の心はできているのだろうと考えたりする。

(作家)

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