Web版 有鄰

577令和3年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

たそがれ大食堂』 坂井希久子:著/双葉社:刊/1,760円(税込)

地元民なら誰もが知る「マルヨシ百貨店」は、昭和12(1937)年に創業をさかのぼる地方デパートだ。最上階には、今ではかなりのレアケースとなった自社経営による大食堂がある。4月に上顧客とトラブルを起こし、食器・リビング部門から異動、食堂のマネージャーになった瀬戸美由起は、新天地で一からやり直す決意をする。

「昭和レトロ」を打ち出す集客策を美由起が練っていたある日、白い厨房服を着た40がらみの女性を伴い、3代目社長が現れる。中目黒のビストロから社長がスカウトした前場智子は、老舗洋食店や有名ホテルのフレンチで修業した経験を持ち、いきなり料理長に就任する。しかも強引な性格で、食堂の料理を「美味しくない」と言い、オムライスからのてこ入れを提案する。話し合う前に智子が作ってみせたオムライスは驚くほど美味しくて――。

オムライス、プリン、クリームソーダ、エビフライ、ナポリタン、ちゃんぽん麺、お子様ランチ。百貨店の大食堂にちなむ料理を絡め、「古き良き」を「今」に残し、未来を切り開こうと奮闘する人々を描く。やがて明らかになる、智子が料理長に就任した裏事情とは? 登場人物それぞれが魅力的で、多様な個性が一致団結していく展開が楽しい連作グルメ小説。

輝山』 澤田瞳子:著/徳間書店:刊/1,980円(税込)

『輝山』・表紙

『輝山』
徳間書店:刊

17の春から10年余、関東代官所の江戸陣屋で渡り奉公を重ねてきた金吾は、石見国(島根県西部)の大森銀山にやってくる。代官・岩田鍬三郎の身辺を探るよう命じられ、中間として働き始めた金吾は、三方を険しい山で囲まれた地で、銀山を支える人々と出会うことになる。

「堀子」と呼ばれる男たちは、間歩(坑道)で鉱石を採鉱する筋骨隆々の荒くれ者だが、地中の毒気や壁から沁み出す水気、油煙や粉塵を吸い込んで、30を過ぎると病に罹る。藤蔵山の堀子頭・与平次は、飯屋で働くお春に想いを寄せている。

病弱で堀子に使われず、銀を吹いて生計を立てる市之助は、別れた許嫁を想い続けている。酒浸りの住職を支える聡明な小坊主が姿を消し、身なりのいい女性が寺に現れて……。「まったく厄介なところに来ちまったよなあ」。2、3年、早ければ1年程度のつもりで来た金吾は、いつしか銀山町に暮らす人々に魅せられ、彼らを見守る代官、岩田に信頼を寄せていく。

16世紀以降、良質で大量の銀を産出し、世界経済に影響を与えた「石見銀山」。江戸後期の銀山町を舞台に、当時の社会と人間模様をリアルに描いた歴史群像小説。今年、『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞した著者の受賞第1作。

廃遊園地の殺人
斜線堂有紀:著/実業之日本社:刊/1,980円(税込)

2001年、複合型リゾート施設の目玉として計画された夢の国「イリュジオンランド」で、プレオープン中に銃乱射事件が発生した。イリュジオンランドは閉園し、リゾート計画も白紙となる。

それから20年、現オーナーの十嶋庵が来園者を募り、封印されていたイリュジオンランドが開放されることになった。審査を通って集まったのは、廃墟マニアの眞上永太郎、廃墟探偵シリーズで知られる小説家・藍郷、廃墟好きのOL・常察、『月刊廃墟』編集長の編河、元イリュジオンランドスタッフら。細々と続けてきたブログ『つれづれ廃墟日記』が認められた、他の廃墟好きに出会えるかもと無邪気に期待した眞上だったが、十嶋財団から派遣された佐義雨から告げられたのは、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』というミッションだった。宝探しをすることになった翌朝、血まみれの着ぐるみが見つかり、中には参加者一人の遺体が――。

2016年にデビュー、2020年刊『楽園とは探偵の不在なり』で第21回本格ミステリ大賞(小説部門)の候補になった、注目作家による廃墟×本格ミステリー。廃遊園地に10人が集い、クローズドサークルに。犯人は誰か、謎解きに引き込まれる、本格ファン必読の1冊。

万事オーライ』 植松三十里:著/PHP研究所:刊/2,090円(税込)

四国の宇和島で生まれた油屋熊八は、明治44(1911)年に心機一転、大阪から別府の温泉街に移り住むまで波乱の人生を歩んだ。経済記者の傍ら相場師として富を築くが、日露戦争後の不況で財産を失い、妻のユキを別府の旅館に預けて渡米した。3年滞在するが見切りをつけて帰国、妻の縁を頼って別府で「亀の井旅館」を始める。すでに48歳、隠居暮らしのつもりだったが、温泉街で暮らすうちにアイデアが次々とわき上がる。

旅館や土産物店が並ぶ通りを拡幅して、華やかな街並みを作りたい。温泉熱を利用した南国の果物や西洋野菜を作りたい。どのアイデアも一人で実現するのは難しく、いつも地元の反対や資金不足が壁になる。そんな折り、子どもの団体客を引き受けた熊八は、タラップを怖がる子どもを見て港の桟橋建設を思いつく。ふとした縁で港の改修を叶えた熊八は、道路の拡幅、キャッチフレーズの考案と宣伝、軍艦の入港と海外客の受け入れ、ホテル建設、観光バスと日本初の女性バスガイドの導入など、独創と行動力で街を盛り立てていく。

“別府観光の生みの親”と言われる、油屋熊八の人生を描いた長編小説。幕末から明治、大正、昭和を生きた熊八の、不屈でスケールの大きい生き方が伝わってくる。

(C・A)

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