Web版 有鄰

577令和3年11月10日発行

乾ルカと『おまえなんかに会いたくない』 – 人と作品

同窓会SNSに書き込まれた謎の問い
人々の葛藤を描く青春群像劇

乾ルカ
乾ルカ
撮影・中央公論新社

都市伝説が同窓会に波紋を起こす

同窓会を前に浮かび上がる過去とは。人々の葛藤を描いた青春群像劇である。

「青春群像小説を依頼されて、いじめと復讐劇の物語になりました。私の10代の頃はスクールカーストという言葉はありませんでしたが、暗黙の序列やコミュニティはクラスに存在していたと思います。あれは自分へのいじめだったという記憶と、仲間外れにされた人を自分も遠巻きにした記憶の両方が私自身にあり、10代の頃の後悔と恨み、そして願いを全部詰め込んでこの小説を描きました」

北海道立白麗高校を卒業して10年。学校祭の夜に埋めたタイムカプセルの開封を兼ねて集まろうと、同窓会のSNSアカウントが作られる。ある日、『岸本李矢さんを憶えていますか』という書き込みが現れる。

「過去からの爆弾が仕込まれた状態で、同窓会をしたらどうなるだろうと構想しました。いじめられた岸本と、クラスで一番華やかな存在だった井ノ川の人物設定は、ほぼ同時に生まれました。井ノ川は、助けを必要としている相手を『気にしないで』と突き放す、いじめの被害者には断絶、周りの人には励ましに思えることを言う人です。いじめの多面性を託したくて、井ノ川が生まれました」

『タイムカプセルに、遺言墨で書いたメッセージを入れた人がいますが、知っていますか』。現在は東京で暮らし、アナウンサーとしてテレビ局に勤める井ノ川は、書き込みを見て岸本を思い出す。直接いじめたりはしなかったが、空気を読まず、自分を客観視できない岸本を井ノ川は疎んでいた。物語は、高校のクラスメイトそれぞれに視点を移して綴られていく。

「遺言墨という都市伝説を交えてもあくまでも彩りにし、人物一人ひとりの高校時代と現在、相関関係を掘り下げて主体にして、今までの私の小説から一歩前に進めた手ごたえがありました。SNSも取り入れましたが、アイデンティティを確立させていく思春期の葛藤や、他者を気にする密かな気持ちなどは今も昔も変わらないんじゃないかと、若い頃の普遍的な気持ちを信じて描きました」

折しも発生した新型感染症の影響で、同窓会は日程の変更を余儀なくされる。人々は再会を果たすのだろうか?

「すでに構想ができていた昨年6月頃、感染症の情勢を入れたらという担当編集者の提案で、全面的にプロットを書き直しました。思いもよらなかった事態でしたが、感染症の流行で鬱々としていた私の気持ちが投影され、過去からの爆弾にも感染症にも、登場人物たちが追い詰められていく展開になりました。

誰にも高校時代や20代の頃があり、どんな生活だったかで感想は違ってくると思います。どんな風に読んでいただいてもいい、過去の自分を再発見する小説になれたらと思っています。若い頃に限らず、傷ついたり人を疎んじたりする気持ちはずっとつきまとうものです。悩んでいる10代の人に私が何か言えるとすれば、もし今悲しくて世界に絶望していても、今いる世界がすべてじゃないと思ってほしい。私の10代の頃を振り返ると、すごく狭い世界にいたんだなと思うんです」

友情や青春の群像を視点を切り替えながら描きたい

1970年、北海道札幌市生まれ。2006年に「夏光」でオール讀物新人賞を受賞し、デビューした。

「小学3年の頃にいとこが貸してくれた『アクロイド殺人事件』を読んで、本って面白いなと思いました。それから読書が趣味で、好きな小説を挙げるなら筒井康隆さんの七瀬シリーズ、朱川湊人さんの『都市伝説セピア』、大槻ケンヂさんの『新興宗教オモイデ教』です。25歳の時に失職して家で本を読んでいたら、自分で書いてみたらどう? と母に言われ、小説を書き始めました」

2010年、『あの日にかえりたい』で直木賞候補。近著に『明日の僕に風が吹く』『コイコワレ』など。

「趣向は色々ですが、友情もの、青春ものを一貫して描いていると思います。気持ちを分かち合える存在がそばにいないなと、孤独を感じていた10代の頃から友情や青春に憧れを抱いて、繰り返し描いているようです。友情や青春、いろんな群像を描いていきたい。たとえば後夜祭でタイムカプセルを埋める時、同じ場所で同じ言葉を聞いているのに、人によって受け止め方も記憶も違います。視点を切り替える群像劇はそれぞれの心理と違いが描けて、面白いなと思っています」

(青木千恵)

『おまえなんかに会いたくない』・表紙

おまえなんかに会いたくない
乾ルカ/中央公論新社/1,760円(税込)

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