Web版 有鄰

590令和6年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

なるようになる。――僕はこんなふうに生きてきた』 養老孟司:著/中央公論新社:刊/1,540円(税込)

1937(昭和12)年に鎌倉市で生まれた著者は、幼い頃に父を亡くし、開業医の母に育てられた。父の臨終のときに「さよなら」を言わず、人に挨拶をするのが苦手な子どもになった。

父の死のショックで病気がちになったが、幼稚園の頃から生き物に親しんだ。小学2年のときに戦争が終わり、疎開先から戻って教科書に黒塗りをさせられ、組織や言説への不信感が刻まれた。

昆虫標本を始めたのは小学4年生から。母の患者だった磐瀬太郎さんから昆虫の生態を教わり、近所の子や栄光学園の同級生と集って鎌倉昆虫同好会を作った。東京大学理科Ⅱ類に合格し、母の願いを受けて医学部に進む。インターンの過程で臨床医の重責を痛感し、気になることをしつこく考える性質のため、「変だな」と思ったことを翌日も考え続けられる解剖学の道に進んだ。〈昆虫採集で野山を歩き回っていた子どもの頃から、自然はなるようになるもので、人間ができるのは手入れだと思ってきた〉

大ベストセラー『バカの壁』などで知られる著者が、生い立ちや猫のこと、日常のことなどを語った自伝。聞き手は、読売新聞編集委員の鵜飼哲夫さん。記者の目と質問を通した、読みやすくて面白い1冊になっている。

松籟邸の隣人(一) 青夏の章』 宮本昌孝:著/PHP研究所/2,310円(税込)

1890(明治23)年、神奈川県藤沢にある耕餘塾の塾生で12歳の茂は、大磯にある吉田家の別荘「松籟邸」から塾に通っている。海水浴場が開設され、停車場ができた大磯は、夏は避暑地、冬は避寒地として富裕層が訪れる別荘地になっていた。

12歳の夏、茂は、洋装で端正な顔立ちをした若い男と出会う。おしのびで大磯に来た山形有朋首相が襲われ、救けに現れたその男は天人シンプソンと言い、松籟邸の隣の屋敷に住む隣人だった。事件の翌日、天人は隣人として挨拶に訪れ、茂は母の士子とともに親しくなっていく。

海水茶屋で出会った女性に淡い恋心を抱き、粗野な先輩に振り回される。士子から養子であることを告げられ、生父と初めて会う。天人は時折ふらりといなくなり、剣豪ゆかりの女学生が語る、天人に関する話とは……。

亡くなった父、吉田健三との思い出が残る大磯で少年時代を過ごし、のちに総理大臣になる吉田茂が、謎の隣人とともにさまざまな人と事件に遭遇する連作ミステリー。〈江戸時代って、まだ終わってないんだ〉。渋沢栄一、陸奥宗光、伊藤博文ら歴史上の人物が次々登場し、虚と実を巧みに織り交ぜて、少年・茂の成長を描く。読後、爽やかな余韻を残す物語だ。

じい散歩 妻の反乱』 藤野千夜:著/双葉社:刊/1,870円(税込)

朝のオリジナル体操と健康的な朝食をルーティーンにし、開脚運動も習慣に加えた明石新平は、大正生まれの92歳。1つ年下の妻、英子が倒れて2年半が経ち、老々介護を続けている。

以前は毎日のように散歩に出かけ、畳んだ会社の事務所を秘密基地にしていた新平だったが、妻が倒れてからは外出が減り、そろそろ事務所を片づけて人に貸そうと考える。事務所の隣の住人が亡くなり、102号室もリフォームすることになった。引きこもりの長男・孝史、フラワーアーティストとして独立した自称長女の次男・建二、仕事と称する道楽で借金を抱える三男・雄三のうち、誰にアパートを任せたらいいのか?リフォーム業者からつけ込まれそうになるアパート騒動などがありつつ、新平は散歩や食べもので息を抜く。年号が変わり、親の懐をあてにする三男を叱り、妻を介護するうち、社会は新型コロナウイルス感染症で揺れ動く――。

2020年に単行本が刊行され、23年8月に文庫化されるや2ヵ月で累計10万部を突破したヒット作、『じい散歩』の続編である。前作のその後の明石家を描き、「妻の反乱」とは何かがやがて明らかになる。90代の前半から後半へ、飄々と年を重ねる新平の姿に励まされる、味わい豊かな長編小説だ。

ようこそ、ヒュナム洞書店へ』 ファン・ボルム:著/集英社:刊/2,640円(税込)

ソウル市内の住宅街に、ヒュナム洞書店がオープンした。店を覗いた人の多くは、青白い顔で座る女性の店主を見て去ってしまう。そこは店主のプライベート空間と化していたが、ミンチョルオンマは、彼女の微笑みが作り笑いでないとわかっていた。

店主のヨンジュは、暇さえあれば本を読んでいた10代の頃を振り返って、書店を開いた。徐々に健康になった心で顔を上げ、店をほったらかしにしていたことに気づく。それからはせっせと本棚を埋め、よい本の情報を集めて本の感想をメモし、メモの内容をSNSで発信し、書店らしくすることに力を注ぐ。すると客足が少しずつ戻り、ブックカフェの注文が増えて、バリスタのミンジュンが週5日来てくれることになる。

会社を辞め、一人で書店を開いたヨンジュン。希望の大学に受かってアルバイトと勉強に明け暮れたが、就活に失敗したミンジュン。カフェで何時間も編み物をするようになった常連客のジョンソ。ブログで意見を表明し、炎上した兼業作家のスンウ……。傷を抱えた人々が出会って新しい交流が生まれ、時とともに書店も変化していく。本と書店と人のつながりを描き、韓国でベストセラーになった長編小説の邦訳。心がほぐれる物語だ。牧野美加訳。

(C・A)

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