Web版 有鄰

570令和2年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

じんかん』 今村翔吾:著/講談社:刊/1,900円+税

『じんかん』・表紙

『じんかん』
講談社:刊

長い戦乱の中で両親を亡くし、弟の甚助と乱世を生きていた14歳の九兵衛は、神仏を信じていない。荒廃した世の悲惨と理不尽を目の当たりにしてきたからだ。

放浪の中で知り合った日夏が熱を出し、寺に身を寄せた九兵衛は、一時の安らぎを得る。和尚の宗慶に読み書きを習い、賢さを買われて堺へ向かい「阿波の御方」と呼ばれる三好元長と出会う。“世にいる全ての修羅を駆逐し、この愚かな負の連鎖を断ち切る”と言う元長に魅了された九兵衛は士官を願い出、松永九兵衛久秀と名乗る。

細川高国との戦いで三好之長、長秀を亡くしていた元長は、高国が重臣・香西元盛を誅殺した動乱を好機として挙兵する。高国軍を破るが、足利義雄(堺公方)、細川晴元と対立して切腹。三好家は阿波で逼塞することになる。宿敵の細川家の威勢が衰えてようやく再興すると、家中で内輪揉めが始まる――。

「松永弾正、謀反」。天正5年(1577)、織田信長に急報が届く場面で幕を開ける物語だ。松永久秀といえば、主君、将軍を殺害し、東大寺の大仏殿を焼いた、“戦国きっての悪人”と伝わる人物だが、新たな松永久秀像を描きあげている。人の世を見届けようとひたむきに生きた生涯が描かれ、胸が熱くなる歴史長編。

四神の旗』 馳 星周:著/中央公論新社/1,700円+税

〈首(おびと)様が玉座に就かれるとき、大極殿の南には四神の旗が立てられる。四神とはすなわち、そなたら兄弟だ。青龍、白虎、朱雀、玄武。そなたたち兄弟が力を合わせ、藤原のための新しきしきたりを作るのだ〉

絶大な権力を誇った藤原不比等(ふひと)が死去し、武智麻呂、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂の4兄弟は父の遺志を継ぎ、藤原の一族だけで権力を独占しようと誓う。一方、不比等の妻、橘(県犬養[あがたのいぬかい])三千代は、4兄弟をあえて取り立て、兄弟の間に少しずつひびを入れて力を削ぐよう、天皇家に進言していた。三千代は兄弟と血縁がなく、不比等との間に生まれた実の娘、安宿媛を皇后にすることが望みだった。

不比等の死後、政治の中心にいるのは、皇族の長屋王だ。聡明な長屋王を恐れた不比等は、藤原氏の娘を皇族に嫁がせ、生まれる男子を皇太子に、女子を斎王にする新しいしきたりを作ろうと考えていた。その不比等の死後、首皇子(聖武天皇)に嫁いだ安宿媛(あすかべひめ)が皇太子を産み、県犬養広刀自(ひろとじ)が皇子を産む。焦る4兄弟の間に軋轢が生まれる。最後に力を手にした者は――。

今夏、『少年と犬』で第163回直木賞を受賞した著者が、奈良時代を舞台に描いた政争サスペンス。人の欲と業を浮き彫りにする。

風を結う』 あさのあつこ:著/実業之日本社:刊/1,600円+税

江戸・深川で3代続く縫箔屋「丸仙」の一人娘で17歳になるおちえは、町人の身分ながら剣才があり、毎朝素振りを欠かさない。母のお滝に「護身のため」と言われて12歳で道場に入門し、高弟をしのぐ腕前にまでなった。

縫箔とは、刺繍(縫い)と箔(擦箔)を用い、着物や帯、小物などの布地に模様をつける仕事だ。おちえの父・仙助の腕がいいため、「丸仙」には絶えず注文が舞い込んでいる。普段はざっくばらんだが、仕事中は真剣で精進を欠かさない父をおちえは尊敬している。ただ最近は、武家出身ながら針職人を目指して「丸仙」に来た、吉澤一居のことも気になっている。

江戸市中を震撼させた連続殺人事件は解決したが、おちえは道場で稽古ができなくなってしまった。好きな剣を捨て、実家を継いでくれる誰かと所帯を持ち、子を産み育てて老いていく人生を辿るのかと思案していた折り、町医者の宗徳が不審死を遂げる。さらに事件が起きて、“剃刀の仙”こと岡っ引の仙五朗が動き出す。

剣才ある町娘おちえと、刺繍職人を志す一居。一途な2人を軸に展開する時代青春ミステリー、〈針と剣 縫箔屋事件帖〉シリーズの第2弾だ。あざやかな筆致と、人物たちの生き生きとしたやり取り、恋の展開が楽しめる。

捨て猫のプリンアラモード
麻宮ゆり子:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

集団就職のため15歳で上京して2年半。就職先のひどい環境から逃げ出した畠山郷子は、東京・浅草で「洋食バー高野」を営むとし子に拾われる。空腹の郷子に料理長が自慢のカレーを出してくれたが、カレーにトラウマを持つ郷子はどうしても食べられない(カレーライスだから美味しいとは限らない)

浅草で代々続く履き物店に生まれた黒川勝は、戦地から帰還した兄が家業を継いだため、地元の高野バーに就職して厨房で働いている。生粋の浅草っ子であることに誇りを持つ勝は、最近やって来た郷子の立ち居振る舞いに眉をひそめている。少年の頃から憧れていた兄嫁のことも気になって――(1962年のにんじんグラッセ)

目が不自由でも、障害を受け止めて気丈に生きる橋本小巻と郷子が親しくなり、六区興行街に出かけることにして、熱々のカツサンドや牛鍋など美味しいお肉を食べる(キョーちゃんの青空)

厳しく思えたウェイトレスの先輩の一面を知り、特別なイベントで新年を迎えるエピソード。昭和37~38年の浅草を主要舞台に、4章構成で描かれた物語。美味しい食べ物と人と人とが繋がりあう多彩なシーンと共に、郷子が新しい家族と居場所を見つけていく。17歳の少女の成長小説である。

(C・A)

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