Web版 有鄰 第413号 早瀬詠一郎と『しらべの緒』
有鄰らいぶらりい
『「よど号」事件 122時間の真実』
久野 靖:著/河出書房新社:刊/1,600円+税
ロンドン留学中の女子学生が、「よど号」犯人の妻としてピョンヤンへ拉致されたことが証言され、日本中を憤激させているが、本書は、あの「よど号」ハイジャック事件の全貌を詳細に再現したドキュメントである。
事件が起きたのは32年前の昭和45年(1970)3月31日朝。7時20分羽田発博多行きの日航機「よど号」は定刻より2分遅れて出発した。出発して間もなくシートベルト着用のサインが消えると、若い乗客数人が立ち上がり、短刀を抜いてコックピットに押し入った。乗客の一人は余りの意外さに、当時の人気テレビ番組「ドッキリカメラ」のやらせだと思ったほどだ。だが、これが田宮高麿をリーダーとする日本赤軍派だったのだ。
ハイジャック犯は乗組員を脅迫し、乗客全員を後ろ手に縛り上げて、ピョンヤンへ行けと命じた。しかし、国内便にそのガソリンの余裕はない。やむなく博多へ一時着陸。そしてピョンヤンを目指す。目的地に近づいたと思うころ、1機の戦闘機が接近してきて下降を命じた。ピョンヤン到着か――と思ったがソウルの金浦空港だった。北朝鮮行きを拒む韓国政府との息づまる折衝が始まる。著者は念入りな取材によって、この恐怖をたどっていく。
『純情無頼』 高橋 治:著/文藝春秋:刊/1,762円+税
阪東妻三郎といえば不世出の名優であった。といっても「無法松の一生」や「王将」などの名作に接する機会のなかった若い世代にはなじみがないかもしれない。田村高廣、正和ら兄弟の父親といったほうが通りがいいだろうか。本書はその“阪妻”の芸道一筋の人生を描いた作品だ。
直木賞作家の著者は松竹・大船撮影所で助監督をしていたことがある。昭和28年4月に入社した直後に、松竹・京都撮影所の阪妻は他界している。だから直接の面識はない。だが、その“芸の鬼”ぶりを示すエピソード、伝説はシャワーのように浴びたらしい。本書は、それらのエピソードの虚実に分け入って、実像を探り出していく。
たとえば昭和26年、松竹が30周年記念作品として巨匠伊藤大輔監督によりオールスター・キャストで『大江戸五人男』の制作に入った際の話。全員スタジオ入りしているのに、阪妻だけは仮病を使って何日も出てこない。何度迎えにやっても現れない。脚本の一部が気に入らなかったのだという。だが異説があり、いや配役の一人が不満だったのだともいう。驕慢なのではなく、納得しないと役づくりが出来ないのだ。その代わり役づくりのためにはどんなことでもした。かつてのファンでなくとも、男阪妻に惚れ直すだろう。
『花も嵐も』 古川 薫:著/文藝春秋:刊/2,762円+税
女優田中絹代の名は『愛染かつら』とともに不滅だ。絹代は明治42年(1909)下関市に4男4女の末娘として生まれた。本書は同郷の後輩に当たる直木賞作家が、その生涯の軌跡をたどった伝記小説である。
絹代が2歳の時、父が死去し、一家は没落した。加えて長兄が徴兵を忌避して行方不明となり、次兄も出奔した。どん底の暮しの中で母娘は伯父を頼って大阪に移住する。そこで小学生となった絹代は琵琶湖少女劇に参加したことから運命が開ける。「小町」といわれた母に似て、かわいさの目立つ少女だったため、松竹の大阪支店で給仕をしていた兄(三男)の口ききで松竹の子役として入社するのだ。
やがて「村の牧場」で主役が回ってくるが、監督清水宏にくどかれて同棲、このため人気は落ち目となる。その後、清水とも別れ、浮沈を繰り返しながら、長谷川一夫もしのぐ人気ナンバーワンのスターに登りつめていくのだ。
かわいいだけの女ではなかった。家庭で清水と口論となったときなど、腹いせに座敷でオシッコをして困らせたというエピソードもある。『愛染かつら』出演をめぐって城戸四郎(撮影所長)が迫ったときには「私は女優です」とタンカをきったという。根性もさわやかだ。
『自由戀愛』 岩井志麻子:著/中央公論新社:刊/1,400円+税
『ぼっけえ、きょうてえ』で山本周五郎賞を受賞した新鋭が、大正ロマンチシズムの時代を背景に、“自由恋愛”の運命を描いた小説。
明子と清子は明治末期に女学校で学んだ同級生だった。東京・日本橋で商社を経営する社長の二男と恋愛結婚し、しあわせな家庭生活を送っていた明子は、同級生の清子が婚家から出されて不幸な暮らしをしていると聞かされ、夫に頼んで会社の事務員に採用してもらう。採用試験の面接のために、明子が自分の上等の着物を貸してやったのは親切心にほかならなかったが、清子は傷ついた。
清子は、明子の夫の会社に勤め、重宝がられるようになる。だがやがて、夫に誘われて深い仲となる。妻以外の女性をもつのは、男の甲斐性の時代だった。清子は妊娠し、男児を出産する。一方、明子には子が生まれなかったため“石女”ときめつけられ、婚家を追い出され、清子が正妻となる。だが夫は明子に家を1軒買い与えて妾とした。正妻と妾が入れ替わったのだ。
しかし清子は、その正妻の地位に甘んじなかった。子供を背負い、決然として婚家を出る……。時代背景がセピア色に見えず、はつらつとしているのが現代的でいい。
(S・F)
※「有鄰」413号本紙では5ページに掲載されています。
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