Web版 有鄰 第441号 『座右のゲーテ』/斎藤 孝 ほか
有鄰らいぶらりい
『座右のゲーテ』 斎藤 孝:著/光文社新書/700円+税
副題「壁に突き当たったとき開く本」。<精神的にどん底>だった若いときの著者自身が出会い<根本から発想転換することができた>という本は『ゲーテとの対話』。
ゲーテ晩年の秘書だった詩人のエッカーマンが、2人の会話を記録したこの本に著者がひかれたのは、「(書いたものに)日付を入れておけ」「小さな対象から始めろ」といった具体的行動の工夫を教えてくれたから、という。
こうした言葉を31例、それぞれに見出しをつけ、解説を加えた本である。
「ある種の欠点は、その人間の存在にとって不可欠である(後略)」という言葉の例に出された長嶋茂雄の話がおもしろい。現役時代、合宿にいた長嶋は、バッティングのヒントを思いつくと、深夜でも起きて素振りをする。
その際、部屋の一番奥にいる長嶋は、行きも帰りも寝ている選手全員を踏み付けていたが、ある年から、人を踏まないよう注意するようになった。いつも踏まれていたある選手は、「長嶋さんもそろそろ引退かな」と思ったら、案の定、間もなく引退したという話である。
悪く言えば我田引水だが、ゲーテの言葉に、身近な日本の例をあげて興味を持たせている。
『コイン・トス』 幸田真音:著/講談社:刊/1,600円+税
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- 『コイン・トス』
講談社:刊
2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルが襲われた同時多発テロを背景に、運命を翻弄された2人の男女の悲劇を描いた長編小説。
主人公の私(篠山孝男)は外資系証券の東京支店に引き抜かれて、ディーラーとなるが、そこで秘書の北原冴子と知り合う。あるとき、25セントのコインに運命の選択を賭ける。指ではじいて表が出ればニューヨークで、裏が出れば東京で愛し合おうと。
だが、その機会は訪れないまま2人は別れ別れとなる。冴子はニューヨークで画商になりたいといって出かけ、私は外資系証券をやめて警備保障会社のガードマンになるのだ。冴子からは毎日のように電話がかかってきた。画商として芽が出そうな朗報もあった。そんな矢先、冴子から悲鳴がとび込んでくるのだ。冴子はその瞬間、世界貿易センタービルにいたのだった。以来、私の懸命の調査にもかかわらず、沓として消息不明。
私がガードすることになった東京の高級住宅の持ち主の外国人ビジネスマンが、あるとき、ニューヨークから日系の妻を同伴してくる。その妻は冴子そっくりだったが、記憶喪失症になっている。混乱の人生の果てで、ついに2人の再会が実現して、安堵させられる。
『絆 父・田中角栄の熱い手』 田中 京:著/扶桑社:刊/1,400円+税
歴代総理の中で最も存在感ある政治家でありながら、晩節は全うし得なかった田中角栄の、知られざるプライバシーを明らかにした回想記。著者はその実子である。
実子といえば、すぐ田中真紀子氏が浮かび上がるが、本書の著書は“長男”。ただし内妻の子である。母は神楽坂の芸妓置屋の養女で、座敷にも出るようになったが、そこで田中角栄の目にとまり、愛されるようになって、生まれたのが著者だ。田中家に養子として入籍された。ただし、目白の本宅で暮らすことは生涯出来なかった。
著者が小学生になったとき角栄は39歳で岸内閣の郵政大臣になり、その後、ますます超繁忙の身となるが、父親としての情愛は失わなかったようだ。ただし、姉・真紀子は、徹底的に著者を拒否したらしい。親の死に目にも合わせてもらえなかっただけでなく、告別式にも加えてもらえなかった。
こうしたなかで、著者は現代音楽に興味を持ち、音楽評論家となった後、すぐれた味覚を生かして飲食店を経営することを思い立ち、現在は銀座に高級なレストランバーを開いているそうだ。田中角栄の人間味が伝わってくるようで、読後感がいい。
『アスペクツ・オブ・ラブ』 デーヴィド・ガーネット:著 新庄哲夫:訳/河出書房新社:刊/2,000円+税
イギリスでミュージカル化されてロングランを続け、日本でも劇団「四季」によって舞台化され好評を浴びている『アスペクツ・オブ・ラブ』の原作が翻訳された。妖艶な舞台女優を主人公とする性愛小説だが生まなましさはまったくなく、全編がメルヘンチックな心地よさで展開してゆく。
ヒロインのフランス人女優ローズは、低調に終わった地方公演で気分をくさらせているさなか、英仏両国語を話すイギリスの若い男アレクシスと知り合い、深い仲に。だがローズはアレクシスの伯父で富豪のジョージ卿とも愛し合う仲になる。
やがてジョージ卿と結婚したローズに対し、アレクシスは財産目当てと誤解し、ローズを拳銃で撃ち、傷を負わせる一幕も。ジョージ卿は友人の保証に失敗し、一文無しになり、残ったのは、フランスの農園とワイン倉庫だけとなる。ローズとジョージ卿の間には女児が生まれ、成長とともに、アレクシスと愛し合うようになる。
同署の帯に<シャンパンで書かれたような性愛の物語(フーガ)>とあるが、これは誇張ではない。これほど美味な文体の作品が、翻訳小説でしか読めないということには、何か複雑な気がしてしまう。
(F・K)
※「有鄰」441号本紙では5ページに掲載されています。
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