Web版 有鄰 第456号 『風の盆幻想』/内田康夫 ほか
有鄰らいぶらりい
『風の盆幻想』 内田康夫:著/幻冬舎:刊/1,600円+税
-
- 『風の盆幻想』
幻冬舎:刊
毎年9月の初めに富山市八尾町で催される風の盆は、元禄時代から伝えられてきたものだが、20年ほど前、高橋治の小説『風の盆恋歌』に描かれたのをきっかけに、日本中に有名になり、観光客でにぎわうようになった。
この小説はその幻想的風趣豊かな風の盆を背景にした推理小説。おなじみの名探偵浅見光彦と作者内田康夫がコンビで登場し、風の盆のさなかに発生した事件の謎に迫るという趣向である。
事件とは、1人の男の、山中での異常死だ。死んでいたのは、市内の老舗の旅館「弥寿多家」の若主人・安田晴人だった。服毒死と断定されるが、警察は自殺として片付けた。しかし、それに疑問を抱いた知人の知らせにより、内田、浅見のコンビが登場するのである。
風の盆をめぐっては、市内を二分する地元民の対立があった。1つは、あくまでも伝統を墨守しようとする一派。それに対し、これを観光資源として本番以前から町流しを催して盛り上げようとする一派。安田晴人の父は観光に力を入れる一派の中心人物だったが、晴人は伝統派の娘と相思相愛になったため、歪んだ結婚を余儀なくされていたのだった……。風の盆の風趣も楽しめるミステリーだ。
『女ひとり 世界に翔ぶ』 小野節子:著/講談社:刊/1,600円+税
“国際公務員”として活躍する日本人女性の回想記。国際公務員というのは耳慣れない言葉だが、国連その他国際諸機関の職員をいうらしい。
著者は1976年、世界銀行に入行し、アフリカ、中南米などの開発にたずさわってきたが、出自に触れれば、安田財閥創始者の曾孫で、銀行家一族。また、音楽家、画家も一族に多い芸術家一家でもある。聖心女子大を出た後、ジュネーブ大学院で国際問題を学び、博士号を取得したというエリート中のエリートである。留学中に知り合ったイタリア人の貴族と結婚して渡米、トラブルもあったが克服して、国際公務員のキャリアとして活躍を始めた。
著者は、自国の利害とは縁を切り、人類全体の幸せのために奉仕するのが国際公務員の任務と自覚していたが、紆余曲折を余儀なくされる。最初に取り組んだのは、アフリカ・モーリタニアの開発だった。砂漠での灌漑、鉱山の開発、まさに血のにじむような努力だ。
しかしそうした苦難よりももっと著者を苦しめたのは、国際機関における人間関係だったようだ。日本人の国際公務員は日本政府代表である。そのため、各省間の軋轢に悩まされる。ともあれ、この著者には心からの拍手を送りたい。
『天命』 五木寛之:著/東京書籍:刊/1,300円+税
作家としての著者はかつてヴァガボンドであった。植民地朝鮮で育ち、敗戦の混乱の中で母を失い、命がけで脱走し、引き揚げ後、父と弟を亡くして孤独な人生を余儀なくされた流転に由来するものであったろう。
しかし、その流転の人生に依拠して、最近ではライフワーク『百寺巡礼』にも見られるとおり、漂泊の存在感をたしかめる作家となっている。『天命』は、そんな漂泊のなかからにじみ出たエッセーである。
生ある者は死ぬ。必ず死ぬ。だが、死は公平ではない。何の罪も犯していない人が死の苦しみを負い、あるいは先に死ななければならない。〈この「死の不公平感」を納得させることばはどこにもありません〉。〈不公平で理不尽だからこそ、人は、もうひとつの世界がなければ救われないのです〉。
著者は、そういった日常的感覚のなかから、仏教の世界へ入っていく。親鸞の『歎異抄』だ。「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」。「悪人」とは悲しみにみちた人間的な存在ですと、著者はいうのである。
人間の命は、まさに例外なく神(天)から授かったものだ。それを自覚することが、天命を生きることなのだと、著者は平明に語りかけてくれるのだ。
『杉村春子』 中丸美繪:著/文春文庫/800円+税
公演947回におよぶ「女の一生」をはじめ、「華岡青洲の妻」634回、「欲望という名の電車」594回など「これほど再演された当たり役をいくつも持つ女優は、日本史に存在しない」大女優にして、文学座の“帝”。芝居を見ない人も、名匠・小津安二郎の映画などではお馴染みだろう。
最初に結婚した医師・長広岸郎、劇作家・森本薫との不倫の恋、2度目の夫・石山季彦はいずれも年下で、みな結核で早世した。著者が新たに発掘した日系2世の恋人は、12歳年下という恋多き女。
文学座分裂騒ぎのとき、一方の主役だった福田恆存は、三島由紀夫と杉村の確執にふれて「あの女には男どもがみな精気をぬかれてしまう」と語る。91歳で亡くなった時の密葬で、棺の中の杉村に別れを告げた文学座の1人は「やっと、普通のお婆さんに戻ったね」とつぶやいた。
著者は6年間に及ぶという丹念な取材による新事実――数多くの証言や記録によって、まさに、“普通”でなかった「女の一生」を劇的に描いている。見る角度によって変化する矛盾をも、そのまま忠実に伝える手法が、そのままドラマを生んでいるのだ。
単行本に手を入れ、さらにしまった文庫版。
(K・F)
※「有鄰」456号本紙では5ページに掲載されています。
『書名』や表紙画像は、日本出版販売 (株) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 (株) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の利用規約やご利用ガイド(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)を必ずご一読ください。
第410号~573号は税別の商品価格を記載しています。
現在の税込価格は書名のリンク先等からHonyaClubにてご確認ください。
- 無断転載を禁じます。
- 無断転用を禁じます。
- 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。