Web版 有鄰 第483号 中路啓太 と『裏切り涼山』
第483号に含まれる記事 平成20年2月10日発行
中路啓太と『裏切り涼山』 – 人と作品
秀吉から託された三木城攻略の顛末を描く
中路啓太
裏切ることで義を貫く
主人公の仏僧・涼山は、もとは近江浅井氏の家臣・忍壁[おさかべ]彦七郎。戦場で屍の山を築き、〈北枕〉の異名をとったが、敗戦と分かっていて意地の戦いを続ける主君父子を見限り、朝見対馬守の織田家への寝返りを促した過去を持つ男である。
“裏切り者”と呼ばれて侍の地位を捨て、修行僧になっていた涼山に、播磨の別所氏を攻めあぐんでいた羽柴(後の豊臣)秀吉が接触する。別所氏が籠城する難攻不落の三木城に入り、城内から謀反を起こせという。生き別れた1人娘、紫野が城内にいると聞いた涼山は、尼子十勇士の生き残り、寺本生死之介とともに三木城に入城する――。
「豊臣秀吉という人物がいちばん輝いていたのは、上司に信長という恐ろしい人がいて、武将として上り坂にあり力を発揮した、羽柴秀吉の時代だったと思います。羽柴時代の一場面、三木城の攻防戦に興味がありました。坊さんと説経節の世界にも惹かれていたので、興味があわさりひとつの小説になりました」
説経節は、悪い人間にだまされて離ればなれになった母子が、仏の加護で再会する「山椒大夫」など、仏の教えを物語に仕立てて、庶民に聞かせたものである。この小説で、涼山は娘に会いたい一心で城に入る。娘は父の”裏切り”をどう受け止めていたのだろうか。家族、男女、敵味方の心の動きを交えながら、三木城攻略の顛末を描く。
“三木の干し殺し”とも呼ばれる三木合戦は、1578年(天正6年)から80年まで、2年近くにも及んだ。
「別所氏がなぜそれほど頑張ったのかも興味のひとつでした。武門の意地があったのだと思いますが、”民の守護者として最善の方途”とは何か、”裏切り”を選ばざるを得なくなる人々の葛藤はどんなものかを書こうと思いました。書きながら、倫理や正義の不確かさ、それでも自分なりの正義を選び取っていく大切さを考えていました。最近、昭和の戦争をめぐる問題点が改めて指摘されていますが、この小説を書きながら、権力の不条理に対する疑問がわき上がってきました」
合戦のたびに補給路が断たれて兵糧が尽き、三木城内の状況は悲惨を極めていく。涼山は領民を思う別所長治に近づくが、織田への憎しみに燃える浅井の旧臣、降魔丸が羽柴の間者の動きに目を光らせていた。全編に散りばめられた活劇は血なまぐさく、迫力がある。
「戦闘シーンは描くのが難しかったですね。藤沢周平や柴田錬三郎の剣豪ものが好きでしたが、自分で書いてみると、面白く分かりやすく書くのは難しいと思いました。物語が始まるあたりも、どんな小説になるか手探りで難しいところでした」
学術研究と違うフィールドで自由に書いてみたかった
1968年、東京都生まれ。東京大学大学院人文社会系研究博士課程を単位取得の上、退学。06年、江戸中期の儒学者、新井白石の血気盛んな浪人時代を描いた『火の児の剣』で第1回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。この作品が2冊目の長編である。
「大学院では、禅の思想と芸術の関係を研究していました。学者はある時代のある事象について研究し続けますが、僕は日によっていろいろな時代や資料に興味が向くので、学者向きではないようでした。30歳を過ぎて小説を書き始めたのは、資料上証明できないことはひとつも書いてはいけない、学術研究と違うフィールドで自由に書いてみたかったからです」
子供の頃から本好きで、中でも、独自の史観で時代の特徴をとらえ、多くの読者に影響を与えた司馬遼太郎の作品をよく読んだ。現在は、少し間が空けば小説のことを考える。睡眠が短い体質で、朝方3、4時から小説を書いて出勤し、帰宅して書き、休日は図書館で書く生活。次作は江戸時代を書く予定という。
「芸術の体験を通して自分を見出す、岡倉天心の芸術論が僕の出発点なんです。ストーリーを作ることで、人生を考える経験ができると思います。かつて日本の子供たちは、義経や清正の武者絵が描かれた凧を揚げたりして、遊びながら歴史を知っていました。今の日本人は、世の中の成り立ちを知らずに過ごしているから、自分の立ち位置がつかめずに苛々してしまう。面白い小説は一種の遊びですから、小説を楽しみながら少しでも歴史に興味を持ってもらえたらいい。僕なりに時代をとらえて、できるだけ面白く書き、人生とはこういうものかと多少なりとも読者に思ってもらえれば嬉しいですね」
(青木千恵)
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