Web版 有鄰 第509号 『指定席』/赤川次郎 ほか
第509号に含まれる記事 平成22年7月10日発行
有鄰らいぶらりい
『指定席』 赤川次郎:著/光文社:刊/1,500円+税
著者のファンクラブの会員からタイトルを募集、それに応じて会報に書き下ろした32編を収録している。
「私の人生、買いませんか?」は、「何でも売る」がモットーの商社マン本多が、「私を買ってよ」とセーラー服の少女から声をかけられる話。
何でも売ると言う少女清美に、本多は「彼女の人生」そのものを、言い値の2万円で買う。本多は高校2年生の清美に、東大へ入り、次いで弁護士になることを命じる。ある日、倒産した本多の商社に、ピシッとスーツを着た清美が管財人となって現れ…。
「月末の仕事」は、月末のせいで殺人を犯す宣伝課長の話。5時半にゲラが届く予定が車の渋滞で遅れ、若い愛人との6時の待ち合わせが7時50分になる。タクシーで7時に予約したレストランへ向かうが、大渋滞で着いたのは8時半。店では「本日は月末で予約がたてこんでおり、もう見えないと思いまして」と、他の客を入れていた。
愛人に振られ、家に帰ると妻が嫌いなおかずを出す。わけを聞くと「スーパーの月末セールでこれが安かったから」。思わずカッとなり…。
下手をすると、おどろおどろしくなる話を、適度のユーモアを入れさらりと軽妙に仕上げている。
『遍路みち』 津村節子:著/講談社:刊/1,600円+税
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- 遍路みち
講談社:刊
夫君、吉村昭氏を亡くして3年あまり。5編の短編中3編は、育子という主人公に託し、生き残った者の切実な悲しみを初めて描いている。
「お別れの会」のとき、これまで病気を伏せていたお詫びにと、自分で点滴をはずし静かに死を迎えた話をすると思わぬ波乱を呼び、夫の死後を騒がせたという後悔。
入院中の夫のベッドの傍らに残っていた日記を死後、開いたら「育子、目を覚ますといない」という文字に打ちのめされる。夕食が終わり眠るのを見とどけて帰っていたのだが、なぜベッドを入れて泊り込まなかったのか。最後の自宅療養中も、昼は仕事に追われ夜は傍らに布団を敷いて寝たものの「これから長期戦だから少し眠らせてね」と眠ってしまったことへの悔い。
そんなある夜、家に帰る林の中を歩いていたら、夫がいつもそうしたように、腕を組んで出迎えている。思わず駆け寄ろうとしてはっと気づき近寄って確かめたら電柱だった。初めて入った100円ショップの台所用品売り場で「おまえ、何してるんだ」と呆れたような夫の声がしたのをはじめ以後、しばしば夫の声を聞く。
育子ひいては著者は、これらの現象を幻視、幻聴と言う。しかし、育子たちが見聞きしたことは事実であり、近代科学の解釈や恐山の霊能者の声などより、はるかに真実に近い。そう思わしてくれる絶唱である。
『なぜ、東大生はカレーが好きなのか』
吉田たかよし:著/祥伝社:刊/1,300円+税
28年前、東大に入学した著者は、駒場で学食のカレーに長蛇の列ができ、本郷では周辺にカレーの店がおびただしいのを見て、カレーと頭の良さの関連に着目する。
理科系だった著者は、クラスメートの頭の良さを判定する目安にしていた難解な量子力学のある方程式を、あっという間に操れるようになった何人かの学生の特徴をチェック。「ネクラ」「服装がダサい」など、マネしたくない特徴ばかりの中で、唯一これだと思ったのが、揃ってカレー好きだったことという。
その後、医師になった著者は、世界中に同じようなことを考えた研究者がいたことを知る。ただし、世界で注目されたのは、インドでアルツハイマー病の発病率が極めて低いことが分かったから。インドとアメリカにおける疫学調査によると70歳から80歳までの年齢層では、インド人の発病率はアメリカ人のわずか23%だったという。その後の調査研究の結果、この傾向はアジア人同士にも及ぶこと、カレーの中のターメリック成分が脳機能をよくする肝機能を守りガン抑制効果もあることなどがあげられている。食べるのは朝、昼の順によく、カレー好きで有名なイチローは、ほとんどブランチにしているという。
『3にん4きゃく、イヌ1ぴき』
たからしげる:著/くもん出版:刊/1,300円+税
うちの飼い犬の名前はタイキ。かわいいパピヨン種の女の子。家族はお父さんとお母さんに、小学4年生のわたしの3人。出版社で本をつくっているお父さんの夢は、作家になることだけど、お母さんに言わせると「発想はいい。でも文章がへたっぴー」。そんなわが家にある日、珍妙な大事件が起きる。
タイキが、突然、お父さんの椅子に座り、パソコンで原稿を書き始めたのだ。懸命に左右の前足をすばやく動かしているが、目はうつろ。どうやら、お父さんに約束した物語の原稿を書き上げないまま事故で急死した大作家、漆原先生の霊がタイキに乗り移ったようなのだ。原稿を書き終わると、いつもの様子に返ったタイキだがそれから10日間決まった時間になるとパソコンに向かい400枚の物語を書き上げる。次いで、漆原先生はこの世に未練を残したくないのでこの作品を、あなたの名前で発表してほしいと頼んでくる。こうしてお父さんは念願の作家デビュー。大きな文学賞まで貰ってしまうがあとが大変。次から次と注文が殺到するのに、「文章はへたっぴー」のお父さんは頭を抱えるが…。子供はもちろん、大人も楽しめるコミカルSFだ。
(K・K)
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