Web版 有鄰 第516号 私の願い/五大路子

第516号に含まれる記事 平成23年9月10日発行

私の願い – 海辺の創造力

五大路子

私がひとりの老娼婦と出会ったのは20年前の「みなと祭」の日でした。

彼女の名は、”ヨコハマメリー”とも”マリー”とも色々な名で呼ばれている。素顔は、西岡雪子という名で地元の商店主たちにお中元を渡す律儀な面を持ち、達筆でミュージカルや絵、書が好きな大正生れの日本女性だった。

初めて会った時の彼女の目は、凛と何かを見据えていて、人を寄せ付けないオーラさえあった。彼女を追いかけ一人芝居「横浜ローザ」を演じ続けて16年目。なぜ16年も上演し続けてこられたのでしょうか?

それは、「ローザ」を愛し、彼女と同時代を生き抜いた人々の想いを忘れてはならない、その時代の人々のあらゆるものを奪った戦争を2度と起してはならないという想いからです。彼女に出会った時に受けた衝撃が私の心を今も動かし、今を生きる人々に伝言したい想いと、この芝居を書かれた杉山義法先生の「生きる事」への強いメッセージがこめられているからのように思います。

さて、私の尊敬する長谷川伸先生の甥っ子さんである東京大学名誉教授の川西進先生がパンフレットの中に、「伯父から学ぼうと思ったのは、五大さんのこの芝居から受けた感動からだった。五大さんのひたむきな演劇活動を追うことと、身近にありながら粗末にしていた伯父からの贈り物を見直す事に努めてきた〈中略〉「横浜ローザ」が「番場の忠太郎」の血を引いているように見えてくることもある」と書いていてくださいました。

今年、第46回長谷川伸賞をいただきました。受賞理由は、1999年に旗上げした「横浜夢座」の公演や一人芝居と幅広い演劇活動を展開、さらに長谷川伸の世界を描いた作品をはじめ「横浜発」の芝居づくりが評価されたことでした。

新国劇出身の私は、「右に大衆、左に芸術」という沢田正二郎の志をいただき、長谷川伸の世界に育まれてまいりました。そこには人が人に対する暖かな思いやりや心根、名もなき人々の埋もれていった叫びを掘り起こし、紙碑として書きつらねていった長谷川伸先生の深い想いと覚悟を感じたのでした。

今、私を突き動かしているのは、長谷川伸先生が島田正吾先生に贈られた「拓く」という言葉です。大好きな横浜で、「時代に埋もれていった人々の声」を舞台に甦らせ、そのメッセージを聞き、そして『明日も元気で生きていこう』と、芝居をご覧いただいた方の心に、栄養剤としてお届けする事が出来たらと願うのです。

これからも多くの仲間たちと夢を紡ぎ続けていきたい。

(女優)

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