Web版 有鄰 第519号 中山七里と『贖罪の奏鳴曲』

第519号に含まれる記事 平成24年3月10日発行

中山七里と『贖罪の奏鳴曲』 – 人と作品

「贖罪」の意味を問う長編ミステリー小説

中山七里氏
中山七里

死体を遺棄した弁護士には鉄壁のアリバイが

起訴された被告を、まるで手品のように減刑、ときには無罪にまでしてしまう弁護士、御子柴礼司。彼を主人公に「贖罪」の意味を問う、長編ミステリー小説である。

「『連続殺人鬼カエル男』を書いたとき、正当に裁かれなかった人間は、その後の人生をどのように生きていくのだろうかと考えたのが、この物語の発端でした。その人物が、罰や罪に向き合う仕事に就いていたらどうなるだろうと、主人公を弁護士にすることを思いつきました」

物語は、死体遺棄の場面から始まる。豪雨の中、死体が濁流に呑み込まれていくのを見届けた御子柴は、帰宅して3時間ほど眠り、なに食わぬ顔で出勤する。優秀だが、実利一辺倒の御子柴には敵が多い。弁護士会では、御子柴に対する懲戒動議がたびたび起こされているほどだ。

「司法試験に人格という科目がないなら、受かってからそれぞれの人間性が問われるのだろうと、構想が膨らみました。御子柴には重い過去があり、そんな人物が弁護士という職に就いたら、きわめて複雑な人間像になると思う。どの人も、ときと場合によって相手に見せる顔が違う。その極端な例を、主人公に託して描いてみたかった」

御子柴が国選弁護人として担当しているのは、製材所の社主・東條彰一が不審死を遂げ、妻の美津子が逮捕された保険金殺人事件の裁判。彰一の死後、18歳の東條幹也が製材所を担っている。幹也は先天的に四肢が不自由で、言語障害もある。思考能力は高く、母の美津子を救ってほしいと、御子柴を頼る。

「パラリンピックの選手をみても、五体満足な人が太刀打ちできないほどの抜きんでた能力をもつ人がいる。私はむしろ、外見の印象とまるで異なる内面をもつ人に、豊かな人間味を感じます」

冒頭の場面で遺棄された死体はまもなく発見され、身元も割れる。フリー記者で、強請りを常習していた加賀谷竜次。埼玉県警の渡瀬と古手川は、加賀谷に過去を探られていた御子柴への容疑を深めるが、彼には鉄壁のアリバイがあった。一筋縄ではいかない人々が続々登場し、”どんでん返し”のラストまで、物語はスリリングに展開する。

「謎がどう解決するか、人物がどのように変わっていくかのふたつを、同時に読めるのが、ミステリーの面白さです。この物語は、テーマとトリックの両方を同時に思いつきました。どんでん返しを仕掛けていますが、私自身が小説を書く上でこだわっているのは最後の一行です。ラストは、物語全体の印象を左右するし、最後のところで読者の気持ちががくんとなってしまったらよくない。読後、読者の心に必ず何か引っかかるものがあってほしいと、テーマを象徴するようなラストを心がけています」

『さよならドビュッシー』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞

1961年岐阜県生まれ。現在会社員。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。他の著書に『おやすみラフマニノフ』『連続殺人鬼カエル男』『魔女は甦る』『要介護探偵の事件簿』がある。

「子どもの頃から本が好きでしたが、中学1年のときにエラリー・クイーン『Yの悲劇』に出会ったのが、いちばんの衝撃でした。ミステリーにはまり、自分も書いてみたくなり、大学のときに江戸川乱歩賞に応募したのですが2次予選で落選。その後就職して、仕事と家庭の毎日でした。それが大阪に単身赴任していた2006年、島田荘司さんのサイン会に行き、ずっと憧れていた人が目の前にいるのをみて、発作的に“魔が差した”のでしょうね。その日にノートパソコンを買い、書き始めました。何が書きたいより、とにかく書かなきゃいけないという気持ちだった」

仕上げた作品が第6回「このミステリーがすごい!」大賞の最終選考に残る。落選し、新たな2作を第8回の同賞に応募すると、なんと二作ともが最終選考に残る。うち大賞を受けた『さよならドビュッシー』がベストセラーになり、一躍、注目の作家に。現在は、会社員生活の傍ら執筆している。午後6時に終業して帰宅。夜の11時から朝の4時まで執筆。短い睡眠をとって出社する生活だ。

「私自身がずっと楽しませてもらってきましたから、今度は自分が面白い作品を書いてお返ししようと、ミステリー小説に恩返しをする気持ちです。いちばんのミステリーは人間そのものですから、書くたびに、人間の謎につながっていくのでしょうね」。

(青木千恵)

『贖罪の奏鳴曲』

贖罪の奏鳴曲
中山七里/講談社/1,600円+税

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