Web版 有鄰 第575号 海辺の食/飛田和緒

第575号に含まれる記事 令和3年7月10日発行

海辺の食 – 海辺の創造力

飛田和緒

三浦半島の海辺の町に越して17年目。なんのあてもなく、ただただ都会を離れたくなって引っ越しを決めたもんだから、住み始めてからがたいへんだった。買い物はどこへ、子供の病院はどこがいいの?などなど今のように手元でチャチャっと検索なんてできなかったから、自分の目と足で一から調べ、巡り巡ってやっと地元に慣れてきた。

海の幸のおいしさに加えて、農作物を作っているかたも多く、山側の土地には野菜の直売所があちこちにある。新鮮なことはもちろん、そのときにしかない旬を手に入れられることで、食卓がシンプルながらとても豊かになったように思う。逆にスーパーのようにいろいろない分、限られた旬のものを毎日飽きずに食べる術も手に入れた。

魚屋さんはまず切り身が売っていない。1尾のまま店頭にあって、大きな魚なら半身、小さな魚は丸ごと買い、切り身にしてほしい、刺身で食べたいとお願いすれば快く引き受けてくれる。どう調理すればいいのか、今日の一押しはどの魚かなど、魚を丸ごと味わうことを教えてもらった。たとえば鯛を1尾買い、3枚おろしにしてもらって、持ち帰ると、お頭はもちろんのこと、中骨や尾が別の袋に入って添えられていた。えっ、頼んでないけど、どうすればいいのと最初はとまどったものだが、値段は1尾分なのである。だから魚屋さんはそのすべてを袋に入れてくれていた。頭は焼いて食べたり、中骨や尾とともにアラ煮を作ったり、中骨は塩をして焼き、それを水と合わせて煮出すとたいへんおいしいスープが出来上がる。魚は本当に捨てるところがないと実感。鮮魚の骨でとったスープは臭みがいっさいなく、あっさりながら、旨味を引き出し、後味がよい。そんなわけで鯵も3枚におろしてもらえば自動的に中骨まで袋に入ってくるから、軽く塩をして天日干ししてから、さっと揚げれば骨せんべいに。バリバリと歯ごたえのよい魚の骨せんべいは酒のアテだけでなく、娘のおやつによく食べさせた。

地元のお祭りに参加したとき、お神輿や山車をひいている子供たちが、休憩所で食べるタコやアオリイカの刺身が楽しみと話しているのを聞いたときにはグっときた。こんな小さな子供達がタコや、高級イカの味を知っていて、お祭りそっちのけで地元の海の幸を食べるのを心待ちにしているのがほほえましい。

最近は時短レシピ、時短調理が流行っているけど、時短したいなら魚料理が一番よって言いたい。圧倒的に火通りが早く、味もすぐにつくのは魚。肉を焼くより、茹でるよりも魚のほうが断然早く仕上がるので、ぜひみなさんにもおすすめしたい。

タコやわかめのように加工するものは茹で加減や塩加減は様々なので、お気に入りの店を探すというのもこの土地で教わったこと。名産のしらすも同様、お店ごとに茹で加減や塩加減が違うから同じ海でとれたものでも、我々の口に入るときには違っているというのも興味深い。直感で選んだこの土地に暮らすことにしてよかった、としみじみ思う今日この頃。

(料理家)

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