Web版 有鄰 第578号 『チグリジアの雨』/小林由香 ほか
第578号に含まれる記事 令和4年1月1日発行
有鄰らいぶらりい
『チグリジアの雨』 小林由香:著/角川春樹事務所:刊/1,760円(税込)
東京の進学校に通っていた成瀬航基は、母の再婚で田舎町に越し、1年生の2学期から町の高校に転入した。しばらくは順調だったが、ある日突然、いじめのターゲットにされてしまう。エスカレートするいじめに追い詰められた航基は自殺を考え、地元で『ゴーストリバー』と呼ばれる河に行く。そこで、ほとんど学校に登校せず、クラスで特異な存在として扱われていた月島咲真と出会う。
「学校で犯罪まがいの嫌がらせを受けて、不条理だと思わないのか」。ある人から『お前にチャンスを与えろ』と頼まれたという咲真は、航基を連れ出してとあるミッションを課す。高校では航基の転校前にもいじめがあり、いじめられた少女は家に引きこもっていた。咲真は航基に「いちばん恨んでいるクラスメイト」を尋ね、「一緒に復讐しない?」と持ちかける。航基が答えたクラスメイトは、少女が恨んでいる相手と同じだった。ターゲットを定めてはクラスメイトを煽っていたその人物に、咲真が仕掛ける復讐とは――。
謎めいたクラスメイト、咲真との出会いから物語が大きく展開する、いじめを題材にした青春ミステリー。いじめの構造を見据え、揺れ動く10代の心理をリアルに描写している。生と死を問いかける、優れた青春小説だ。
『7.5グラムの奇跡』 砥上裕將:著/講談社:刊/1,705円(税込)
野宮恭一は、街の個人病院、北見眼科医院に勤める新人の視能訓練士である。眼科医療に関する専門的な機器を使いこなし、検査や視機能に関する訓練を担当するのが視能訓練士の仕事だが、不器用な野宮は検査を上手く行えない。先輩訓練士の広瀬さんに注意されるたび、男性看護師の剛田さん、柔和な北見治五郎先生に励まされている。
前口径約24ミリ、重量約7.5グラム、容積約6.5ミリリットル。目は小さな器官だが、視機能は脳や身体のさまざまな器官、心とも関係して作られており、すべてが上手く稼働したときにようやく「見える」。〈健康であるということは、目が、光が、当たり前のように見えるということは、奇跡のようなものです〉。症状を診察する治五郎先生の言葉を聞きながら、野宮は成長していく。
目が見えにくいと訴える6歳の少女(第1話 盲目の海に浮かぶ孤島)、コンタクトレンズの誤用で瞳を痛めてしまった女性(第2話 瞳の中の月)など、診断と共に日常の謎が解かれる5話を収めた連作短編集。患者と病院で働く人々の人間模様を通し、「見える」ことの大切さと世界の豊かさを描く。『線は、僕を描く』が2020年本屋大賞の第3位に選出された著者による、温かな読み心地の成長物語。
『残月記』 小田雅久仁:著/双葉社:刊/1,815円(税込)
〈どこか妙な月だった〉。10月末の日曜日、ファミリーレストランで食事をしていた高志は、トイレで小用を終えて家族の元へ戻り、異変に気づく。店内は静まり返り、妻と子どもたちは満月を見上げて固まっていた。止まった時は動きだし、世界は戻ってきたが、高志を見た妻はこう言った。「どなたですか?」「その席、うちの主人が座ってるんですけど……」(そして月がふりかえる)
29歳で急死した叔母の桂子さんに、わたしと弟はたくさん遊んでもらった。多才で飽きっぽい桂子さんが最後まで熱中したのが「石の蒐集」だ。桂子さんが大事にしていた”月景石”を形見分けでもらったわたしは、成長して桂子さんに似た不思議な少女に出会う(月景石)
2030年代に全国で7万人を超えた感染症「月昂」に対し、一党独裁の救国党は強制隔離政策を行った。家具職人の冬芽は2048年、27歳で月昂者として、施設に収容された。絶望の中、冬芽は”残月”の雅号で仏像を彫り、上級党員と家族たちのための闘士になり、数奇な運命をたどる(表題作)
近未来のディストピア(暗黒世界)を描いた表題作など、「月」をモチーフにした異世界小説を3編収録。ファンタジーなのにリアルで、物語に引き込まれる。
『塞王の楯』 今村翔吾:著/集英社:刊/2,200円(税込)
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- 『塞王の楯』
集英社:刊
織田信長の侵攻で一乗谷が陥落し、父と母、妹を喪った匡介は山城に逃れ、石垣職人の飛田源斎に助けられる。石垣造りの技術で知られる「穴太衆」の中でも天才と呼ばれる源斎は、越前から近江に連れてきた幼い匡介を跡取りとして育てた。
23年後、近江で穴太衆に属する匡介は、修業を重ねて30歳になった。一人で石垣を組むことを未だ許されず、鬱々としている。23年の間に信長は横死し、豊臣秀吉が天下を統べ、穴太衆の石積み仕事は減った。そんな折り、伏見城移築の現場にいる源斎から、甥の玲次と匡介に大津城の石垣修復を任せたいと連絡が届く。匡介は、凡将と噂されている大津城主の京極高次と出会う。
〈己の石垣で二度と戦の起こらない真の泰平を生み出したい〉。難攻不落の城、“最強の楯”を造ろうと石積みの技を磨く匡介に対し、鉄砲鍛冶集団「国友衆」の彦九郎は、どんな城も打ち破る“至高の矛”たる鉄砲で皆を牽制すればいいと言う。秀吉の死で戦乱の気配が近づき、「最強の楯」と「至高の矛」の対決が幕を開ける――。
乱世を生きる職人たちを軸にしたエンターテインメント長編。昨年、「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞を受けた気鋭による、読み応えある戦国小説だ。
(C・A)
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