Web版 有鄰 第579号 古典を読んで、自己啓発のきっかけを掴もう/野口悠紀雄
古典を読んで、自己啓発のきっかけを掴もう – 1面
野口悠紀雄
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- 『だから古典は面白い』
幻冬舎新書
長生きした書物を読むのが最も効率的
自己啓発とは、自分が自分自身に働きかけて、自分を変えていくことです。
学校での勉強のように、与えられたカリキュラムにしたがって受動的に勉強するのではなく、自ら進んで行ないます。
自己啓発には、きっかけが必要です。自分で作ることもできますが、他の人の考え方に触れるのが、最も効率的です。様々な方法で、他の人の考えに触れることができます。幸いにして、先人たちが書き残してくれた数多くの書物があります。あまりに多過ぎて、どれを読んだらよいのか迷うでしょう。
では、どのようにして選別をすればよいのでしょうか?その方法は、実は、ごく簡単です。長生きした書物を読めばよいのです。なぜなら、それらの書物は、長い年月にわたる選別過程をくぐり抜けているからです。つまり、多くの人が「読むに値いする」と評価したものだからです。
これらの書物は、通常「古典」と呼ばれています。私は、「自己啓発のきっかけは、古典を読んで掴め」と言っていることになります。
これは、多くの人がこれまで言ってきたことで、私は、それを繰り返しているに過ぎません。ただし、これは何度でも繰り返す価値がある忠告です。
毎日大量に生産される書籍、新聞、雑誌。そして、ウェブの記事。そしてSNSの投稿。これらの中に、有効なヒントがありうることを否定しているわけではありません。ただ、「自己啓発のための五つのヒント」という類の記事が、何の意味も持たない確率は、きわめて高いのです。こうした記事を読むのは、時間の浪費です。われわれに与えられた時間は少ないので、浪費することはできません。
ウェブの記事を読むよりは、古典を読む方が自己啓発のきっかけを手に入れる確率が高いのです。これは全く単純な功利主義的計算からの結論にすぎません。呆れるほど単純な忠告です。
高校生の時に読書をしよう
読書をするのに年齢制限はありません。いつになっても読書をすることができます。
しかし、私はできるだけ早い時期に読書することを勧めます。とりわけ重要なのは、高校生の時の読書です。文学書に限れば(つまり、仕事のために必要な専門書を除けば)、私がこれまで読んだ本の大部分は、高校生の時に読んだものです。この時代に読んだ本は、私の貴重な資産になっています。
では、高校生のときに読書することが、なぜ重要なのでしょうか?いくつかの理由があります。第一は、当たり前のことですが、あることを知るのであれば、できるだけ早い時期に知ったほうが得だということです。
「もっと早く知っていればよかった」と思うことがしばしばあります。そう後悔しないよう、高校時代に読書をしましょう。
とはいっても、高校生は受験勉強で大変だと言う人がいるかもしれません。しかし、勉強で忙しいといっても、本を読む時間くらいは見いだせるでしょう。SNSに時間を浪費するのを止めて、読書に時間を割くべきです。私が高校生だった時代にSNSがなかったのは、大変幸せなことでした。
高校生の時の読書が重要なもう一つの理由は、この時期は感受性が高いことです。つまり外界からの刺激を受け入れやすい状態になっているのです。読書をするのに最も効率的な時期だということになります。
期末試験の直前に文学書を読めとは言いませんが、終わったら直ちに読むべきです。私は試験が終わった日にはいつも学校の図書館に駆け込んで、たくさんの本を借り出しました(ありがたいことに、私が通っていた高校には、独立した図書館があったのです)。どんな本を借り出したかを、いまでも覚えています。
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- 『カラマーゾフの兄弟1』
光文社古典新訳文庫
もう一つ、重要な理由があります。文学書の場合、高校生から見ると、登場人物の多くが年上なのです。例えば、『カラマーゾフの兄弟』のイヴァン。これを読んだ時、私はずいぶん年上の人だと思っていました。そのため、率直な気持ちでイヴァンの哲学を理解しようと思ったのです。
ところが、ずいぶん経ってから後で、小林秀雄が「イヴァンがわずか24歳であることを知って、不注意な読者は驚くだろう」と書いているのを見て、不注意な読者であった私は、仰天しました。
読み返してみると、確かに24歳と書いてあります。これを知ったとき、私はすでにイヴァンよりかなり年上になっていたので、本当に驚きました。
もしイヴァンが私より年下の若造だったら、あれほど率直な気持ちで彼の哲学を理解しようとは思わなかったでしょう。
小説の登場人物が自分より年上というのは、高校生の「特権」です。その特権を失わないうちに利用しましょう。
では、もしあなたがこの特権を失っているのであれば、どうしたらよいでしょう?
失望することはありません。イヴァンの前で、年齢を詐称すればよいだけのことです。あなたがそうした率直な気持ちになれば、彼の壮大な世界は、あなたに多くのことを語りかけてくれるでしょう。
古典を読んで、何が得られるか?
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- 『罪と罰 上』
新潮文庫
では、古典を読んで一体何が得られるでしょうか?ビジネスに成功してお金を儲けられるでしょうか?
それはまず望み薄です。ビジネスに成功したり投資でお金を儲けたりするための確実な方法というものは、そもそも存在しないからです。もしそんなものがあったら、世界中の人々が億万長者になっていることでしょう。
では、人間の心理がよくわかるようになり、その知識を利用して社内で出世できるでしょうか?
そうなるとも考えられません。これも金儲けと同じことで、もしそのような書物があるとしたら、社内の全ての人が社長になってしまうでしょう。
古典を読んだところで、賢くなるわけではありません。また、人生の生き方を学べるわけでもないのです。
ただ確実に言えるのは、あなたは様々な世界を知り、様々な経験をできるということです。例えば、薄暗い部屋の中で、ソーニャがラザロの復活を読み上げるのを聞くことができます。そして、ラスコーリニコフが得たのと同じ感動を、あなたも経験することができるのです。
その経験は、日常生活では、つまり、朝起きて朝食を食べて、満員電車に乗って・・・という生活では、決して得られないものです。
そうした経験をいくつもいくつも持っているあなたは、とても豊かなのです。ビジネスに成功して巨万の富を築いた人に比べても、あなたのほうが豊かだと自慢できます。
もちろん、古典を読んでいるだけでは、最近のAIの状況を知ることはできないし、経済動向を知ることもできません。そして、実際の仕事の上では、こうした知識も必要です。
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- 『「超」独学法』
角川新書
ただ、それと自己啓発とは、守備範囲が違うのです。自己啓発をして興味の範囲を広げれば、AIについても勉強したくなるに違いありません。そのようにして、あなたの世界を、どんどん広げていって下さい。
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