Web版 有鄰 第583号 ちいさな美術館の楽しみ in 神奈川/浦島茂世

第583号に含まれる記事 令和4年11月10日発行

ちいさな美術館の楽しみ in 神奈川 – 2面

浦島茂世

日本は世界でも有数の美術館大国だ。東京都だけでも100以上、神奈川県でも50以上の美術館があり、そのジャンルもさまざまに細分化されている。それゆえに、「どこへ行けばいいのかわからない」という悩みを持つ人も多いようで、自分もよく相談を受ける。そんなとき、私は「ちいさな美術館」に行くことをおすすめしている。「美術館そのもの」を楽しめる場所だからだ。

展示作品以外も“鑑賞”する

ちいさな美術館とは、人によって捉え方は異なるけれど、自分のなかでは「入館後、1時間程度ですべての展示室を見て回れて、なおかつ見終わったときに余力が十分にある規模」の美術館のことを指す。この“余力”が大切なポイントだ。なぜならばその余力を使って展示作品以外のところを鑑賞、観察してもらいたいから。

山口蓬春記念館 提供:山口蓬春記念館

山口蓬春記念館
提供:山口蓬春記念館

たとえば、神奈川県葉山町にある山口蓬春記念館。ここは日本画家の山口蓬春が戦後暮らした住まいを改装したとびきりちいさな美術館だ。蓬春は西洋画の技法を日本画に持ち込んだモダンな作風で知られている画家。美術館のシンボルマークにもなっているシロクマの絵がキュートで今もファンが多い。元住居であったため、展示室も非常にコンパクト。展示作品を見るだけなら美術館訪問20分足らずで終わってしまう。しかし、建築家・吉田五十八が設計した画室や、その画室から見える相模湾の風景。京都から造園師を呼び寄せて作庭させたと言われる見事な庭園を見始めたらあっという間に1時間は経過しているはず。建物や庭を鑑賞し終わってから、あらためて展示室に戻って蓬春の作品を見る。すると、不思議なことに最初に作品を見たときと、見え方や印象が変わってくる、より絵や作家に近づけたような気になってくるのだ。

そう、美術館に行って作品だけを見て帰るのは非常にもったいないことなのだ。建物も外観だけでなく、窓や階段だって鑑賞ポイントだし、四季折々の花を咲かせる庭園や、展覧会に連動した限定メニューを提供するカフェにミュージアムショップなど、そこかしこに素晴らしい魅力が詰まっているんだから。自分はつねづね、美術館は作品を見るだけではなく、館そのものを楽しめる場所、美術館は美術のテーマパークだ! と言ってまわっている。ちいさな美術館はわずかな時間でそんなテーマパーク体験を満喫できる素晴らしい場所、だからこそ沢山の人に訪れてほしいのだ。

「はしご」して、見比べる。

ちいさな美術館を訪れ、一つの館をすみずみまで鑑賞しても、たいした運動量にならない。それに、ちいさな美術館で素晴らしい時間を過ごしてしまうと、もっと別の美術館を見たくなっているはず。そんなときは、ちいさな美術館の「はしご」がおすすめだ。たとえば横浜市中区の元町エリア。この周辺には、世界各国の人形がずらりと並ぶ横浜人形の家や、服飾資料やアール・ヌーヴォー期のガラス工芸品が展示されている岩崎ミュージアム、日本で製造された玩具3千点が常設展示されている横浜ブリキのおもちゃ博物館など、ちいさな美術館が密集している。これらの美術館を先ほどのように、展示作品以外の場所も丹念に鑑賞していこう。すると、それぞれの美術館に「違い」があることがわかってくる。たとえばキャプション(作品の解説文章)、超長文の熱いキャプションの美術館もあれば、必要最小限の解説にとどめたキャプションの美術館もある。売店で販売されているオリジナルのミュージアムグッズも、マダム向けのものが充実した美術館もあれば、SNSの拡散を狙ったインパクト重視のものを用意している美術館もある。そういった、各美術館の共通のものごとを細かく見て、比べていくと、美術館同士の違いが明確になってくるのだ。この違い、すなわち美術館の個性を認識すると、「どの美術館も同じに見える」なんて悩みは消えてなくなる。さらには新聞やテレビで知らない美術館が紹介されていたときも、「この美術館はどんな個性があるのかな?」と気になってしまうこともあるのだ。東京だったら丸の内や日本橋、新宿や六本木。神奈川県だったら横浜市のみなとみらい21地区や鎌倉、箱根(バスや車、電車での移動が必要となるが)などは美術館が密集しており、はしごにうってつけのエリアだ。

ちなみに、前述の山口蓬春記念館は歩いて5分のところに神奈川県立近代美術館葉山という、これまた素晴らしい美術館があってはしごが可能だ。ただ、神奈川県立近代美術館葉山はとにかく大きい。なので、大きな美術館とちいさな美術館はどう違うのか、住居を改装した美術館と、綿密に設計された美術館ではどんな機能の差があるのか、どんな人達が見に来ているのか、などを二館を比べながら鑑賞するとそれぞれの良さが見えてくるはずだ。注意すべきは、先に山口蓬春記念館を訪れておくこと。最初に神奈川県立近代美術館に行って集中して鑑賞してしまうと「余力」を残すことができず、帰りたくなってくる恐れがあるのだ。大きな美術館とちいさな美術館を組み合わせてはしごするときは、ちいさな美術館を先に見ておくことをおすすめする。

「推し」の美術館を作り、世界を広げる

ちいさい美術館のいいところはまだまだある。リーズナブルな入場料のところが多いこと、それゆえにお気に入りの美術館、いま風にいうなら「推し」の美術館を作りやすいところだ。コロナ禍以降、大規模展覧会では大人料金が2千円を超えるところも続々と登場、ふらりと気軽に入場できる値段ではなくなってしまっている。けれども、ちいさな美術館の場合は入場料金が千円以下のところが多い。だから気軽に入場ができる。気軽に入場できるから、何度も通うようになる。そうやって、ちいさな美術館を何度も訪れ、美術館全体を細部まで鑑賞し、館の個性を把握していくうちに、自分と相性のいい美術館がわかってくる。そしてその美術館は「推し」美術館となっていく。自分にとって「推し」美術館は、好きな小説家や映画監督のような存在だ。作家が新作を発表したときのように、推し美術館の展覧会は、「知らない作家だけど、この美術館が企画しているならきっとおもしろいはず。見に行ってみよう」という気分になってくる。知らないこと、わからないことにおもしろさを感じるようになってくるのだ。

茅ヶ崎市美術館 ©Ben Matsunaga

茅ヶ崎市美術館
©Ben Matsunaga

神奈川県茅ヶ崎市にある茅ヶ崎市美術館は私の推し美術館の一つ。眺めが良く、料理がおいしいカフェがあるのも理由の一つだが、なんといっても、ちょっと不思議な展覧会を頻繁に開催しているところがたまらない。茅ヶ崎駅から美術館までの道のりをアーティストが歩き、その体験を作品にして展示した展覧会「美術館まで(から)つづく道」(2019年開催)や、1930年代から1950年代にかけて作られたアロハシャツを考察した「ヴィンテージアロハシャツの魅力」(2020年開催)、ヨーロッパの古典絵画の技法と表現を模写することで探る「ヨーロッパ古典絵画の輝き-模写に見る技法と表現-」(2022年開催)など、チラシを見ただけでは理解しづらいものばかり。でも、推しの美術館なで「きっと楽しいはずだ」と思って足を運ぶ。するとやっぱりおもしろく、自分の世界が広がっていくからたまらない。次回の展覧会も楽しみになってくる。

ちいさな美術館は、自分の世界をよりいっそう広げてくれるすばらしい場所だ。あなたの住まいの近くにもきっといくつかあるはず。芸術の秋まっただなか、まずは足を運んでみよう。いくつか訪ねていくうちに、きっとお気に入りの推し美術館がみつかるはずだ。

浦島茂世(うらしま もよ)

神奈川県生まれ。美術ライター。著書『東京のちいさな美術館めぐり』 G.B. 1,760円(税込)。

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