Web版 有鄰 第416号 北原亞以子と『妖恋』
第416号に含まれる記事 平成14年7月10日発行
有鄰らいぶらりい
『沙髙樓綺譚』 浅田次郎:著/徳間書店:刊/1,600円+税
刀剣売買から足を洗って文筆業になった「私」は、ある日、上野の博物館で再会した刀剣鑑定家に誘われて、沙髙樓の会合に出席する。沙髙樓は、貸ビル王といわれる男がオーナーで、そこでは随時、各界の道を極めた人が、世にも珍しい物語を披露することになっていた。その夕、私を誘ったのは、徳阿弥賢吉といい、足利将軍時代から600年も続いた刀剣鑑定家の34代当主で、この日は彼が秘話を語ることになっていた。
――こういう設定で、世にも不思議な物語が展開されるのである。
徳阿弥賢吉が披露した秘話は、持ち込まれた古刀の鑑定をめぐる奇譚だった。徳阿弥家は宗家と分家の4家からなっていて、いずれかの家に鑑定が持ち込まれれば合議を行う。これが最高の惣見で、ここで一致して認められれば、「折紙」が付けられる。「折紙」の語源はこれだという。
さて、この日の鑑定は意見が分かれた。郷義弘の傑作で武田信玄が差し料とした古刀だという見解が示され、そうだとすれば、国宝級の逸品だが、首をかしげる者も出る。賢吉が悩んだ末、先代の義父に尋ねると、これは真っ赤なニセ物だった――という「小鍛冶」をはじめ、「糸電話」「立花新兵衛只今罷越候」「百年の庭」「雨の夜の刺客」など5話。
沙髙樓オーナーが妖しい女装で司会する雰囲気もミステリアスだ。
『子盗り』 海月ルイ:著/文藝春秋:刊/1,476円+税
望まれて京都の古い家柄の資産家に嫁いだ美津子は、夫とも仲がよく、しあわせだった。だが残念なことに美津子に子が生まれなかった。いろいろ治療したが無駄だった。嫁して2年子なきはされ、という。13年たっても生まれず、親戚から養子をもらう相談もすすめられる。美津子には耐えがたいことだった。こうした中で、美津子は夫と秘密の計画を立てる。タオルを腹部に巻いて、偽装妊娠をし、臨月のとき、病院にしのび込んで新生児を盗むのだ。
ここまではよくある話である。この作品はここからが本音だ。盗んだ赤子をボストンに入れて夫のクルマで脱走しようとした瞬間、看護婦に発見されてしまう。看護婦には車のナンバーまで覚えられてしまった。土下座して許しを乞う。
そのころ、その看護婦辻村潤子も心に闇を抱えていた。自分の産んだ女児を相手の男の家に奪われ、面会すら拒否されていた。そこに現れるのが病院出入りの製薬会社のセールスマンだ。男は潤子の秘密を知っていて、便宜を図ってやることを条件に潤子の家で一人の若い女の出産をまかせる。生まれたのは男児。男児は哲也と名付けられ、秘密裡に美津子の実子として入籍されるが……。
『日本の死体 韓国の屍体』
上野正彦・文國鎭:著/青春出版社:刊/1,300円+税
日本と韓国は近くて遠い国といわれるが、死体の解剖をめぐってもこれほど対応が違うのかと驚かされる。
対談者の上野正彦氏は元東京都監察医務院長で、多くの行政解剖を手がけ、『死体は語る』のベストセラーで知られている。相手の文國鎭氏は、大韓法医学会名誉会長で、約2千体の殺人事件の死体を解剖してきたという法医学者。氏がたずさわるまで、韓国では法医学による解剖は行われなかったという。
それだけに、解剖は、韓国では忌避されることが多かった。死体解剖のとき「お前は死んだ人間を2度殺すのか」と遺族に泣き叫ばれ反対されるという。解剖しようとして斧で殺されかけたこともあったそうだ。それは、韓国では「あの世、この世」という考えが強いからで、この世でなし得なかったことはあの世でやる、と考えられている。
指紋押捺に関する話も意外だ。指紋は犯罪捜査の重要なキメ手となるが、日本では、自由に採取することができない。これに対し、韓国では国民の指紋は全部採取して管理しているという。したがって、身元不明の死体は基本的にはないことになっているそうだ。
ただし、韓国の場合、不審死に対する行政解剖はなく、すべて、犯罪がらみの司法解剖となるとのことだ。
『あらしのよるに』6部作
木村裕一作・あべ弘士絵:著/講談社:刊/各1,000円+税
『あらしのよるに』全6部が完結した。すでに図書館協会選定図書に選ばれ、児童書関係の各賞も受賞しており、ベストセラーとなっている絵物語である。
お話は、あらしの夜、山中の真っくら闇の中で1匹のヤギとオオカミが出あうところから始まる。くら闇の中だから、たがいに相手の正体を知ることができなかった。2匹は体を寄せ合って夜の明けるのを待った。
朝になった。雨もやんだ。光のなかで2匹はギョッとなる。オオカミにとってヤギは何よりのごちそうだった。お腹もすいていた。よだれが出そうだ。しかしオオカミはじっとこらえた。一夜、友情をかわしたヤギを食べることはできなかったのだ。
2匹は仲良しの友達となって毎日を過ごす。だがそのことが、たがいの仲間に知られてしまう。オオカミは仲間の襲撃からヤギをかばう。そのために2匹は、それぞれの仲間から仲間はずれにされてしまう。その結果、2匹は、新天地を求めて雪の山を越えていくことにする。吹雪の中で悲劇が起こる……。
オオカミにとって最高のごちそうのヤギを目の前にしながら、空腹に耐えるという話は、自然の不条理と友情の美しさを伝えて感動的。
(S・F)
※「有鄰」416号本紙では5ページに掲載されています。
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