Web版 有鄰 第443号 玄侑宗久と『リーラ』
有鄰らいぶらりい
『人生における成功者の定義と条件』
村上 龍:著/日本放送出版協会/1,500円+税
金を儲けた人と出世した人が成功者という考えは今も残っているが、終身雇用が幻想となってくると、「いい学校から、いい会社に入れば一生安心」という成功モデルは成立しない。いまの子供たちが勉強への意欲を失っている原因の多くだ、と著者は言う。
そこで「人生の成功者のイメージ」について、「好きなことを仕事にして世界の一線で活躍する5人」と対談、さらに読者300人に聞いた本。
5人は、◇独学の建築家で文化功労者、東大名誉教授の安藤忠雄 ◇ノーベル医学生理学賞の科学者・利根川進 ◇日産自動車社長兼CEDのカルロス・ゴーン ◇前の軍縮会議日本政府代表部特命全権大使だった上智大教授・猪口邦子 ◇イタリアのサッカー名門チームのエース中田英寿の各氏。
当たり前かもしれないが、多くの人が目標とか目的の設定という言葉を使っている。ただ人間というのは欲張りで一つを「選んだつもりでも他のことを捨てきれない」(利根川)から成功しない。先の“成功モデル”に対するゴーン氏の企業も人生も、「安定したものがあるというのは幻想」という言葉も興味深い。希望を捨てず、国連で核兵器廃絶への歩みを進めている猪口氏の発言も、最近の国連弱体説に一石を投じる発言だ。
『日の砦』 黒井千次:著/講談社:刊/1,600円+税
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- 『日の砦』
講談社:刊
還暦を過ぎて定年退職した男とその周辺の日常を、静謐な文体で描く短編連作小説。全10編より成る。
事件といえるほどの事件は展開されず、一家のあるじがこの年齢になれば、おそらく必ず生ずるであろう家庭内の変化がキメの細かい感性でとらえられている。冒頭の「祝いの夜」は、長男が結婚して会社の社宅に移り、長女も勤めで帰りが遅くなりがちで、一家そろって食事ができなくなったため、還暦祝いをかねて一夕、ホテルで家族で食事をした夜の出来事。
郊外の自宅に戻るために乗った個人タクシーの運転手は主人公とほぼ同年配とみられるが、その車内で交わされる会話が不幸な話で、何となく気詰まりな雰囲気になる。家の前で解放された思いで車を降りた後、車内にバッグを忘れたことに気づき、あわてて車を追うのだが……それはカン違いだったと気づくという顛末だ。
通勤中は気づかなかった地域社会の生活、隣り近所の住民の暮らしや風景など、身近なところに生起するさざ波のような変化が、夕景のような情趣で描かれている。近ごろ珍しい心にしみる文体だが、これはおそらく、作者がパソコンを使わず手書きで原稿を書いているためではなかろうか。
『恋しい女』 藤田宜永:著/新潮社:刊/2,100円+税
華麗にして淫蕩な長編恋愛小説。主人公の私は50代半ばの男。大手ゼネコン社長の二代目だが、10年前に妻を亡くしてから、気ままな独り暮らし。会社は人手に渡ってしまい、東京の豪邸も軽井沢の別荘も手放さなくてはならない状況にあるが、日常生活はまだまだ贅の限りを尽くしている。
日夜、美食と美酒に明け暮れ、その間、好きな女と淫交を重ねる。目下、私が付き合っているのは、亭主持ちの女優奈津子と、家の家政婦だった女の娘・千鶴だ。六本木、青山、銀座でご馳走をふるまい、高級ホテル、自邸、別荘と場所を変えながら、淫交に次ぐ淫交。正常な性交では満足できず、SMプレイも行なわれる。
そうした中で、今私が追い求めてやまないのは、友人の建設事務所で働く若い女性、由香子だ。ご馳走と贈り物で攻め立て、何とか射止めようとするが、由香子は、いわば“セカンド・バージン”。ようやくベッドを共にするものの彼女の反応は冷ややかだ。恋に関心を示さない女なのだ。だが、私はそれゆえにこそ、この女にのめり込んでいく。やがて奈津子は自殺、千鶴とも破局を迎えるにいたるのだが……。
『中華料理四千年』 譚 璐美:著/文春新書:刊/680円+税
中華料理四千年の歴史を興味深いエピソードをまじえながらつづった贅沢な読み物。食文化の歴史はとりもなおさず民族の歴史だが、中国の場合、それは紀元前の「塩」の発見に始まるという。『准南子』によると、約6,000年前、宿沙氏が海水から塩を製造することを発見、それによってさまざまな料理がつくられるようになった。
一口に中華料理といっても北京料理、上海料理、広東料理、四川料理と大別され、歴史も味覚も違う。
北京料理は北方民族の影響を受け、上海料理は蘇州や杭州などを含め、近隣地方の料理の影響を受け、豊かな農作物によってつくられる。広東料理は野趣にあふれたもの、四川料理は風土から唐辛子をふんだんに使う。
おもしろいのは四川料理の「麻婆豆腐」。これは「あばた面のかみさん」の豆腐の意で、これを労働者・農民向けに発明したおかみさんに由来するという。その辛さは激辛。
清王朝の西太后の「満漢全席」の超豪華料理もさることながら、西太后の食事は毎日2回の正餐に各100皿、2回の間食に4、50皿が出されたというから驚くばかりだ。
小説『紅楼夢』の舞台となった豪邸も大宴会料理もフィクションではなく、モデルがあったそうだ。
(F・K)
※「有鄰」443号本紙では5ページに掲載されています。
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