Web版 有鄰 第479号 裁判員制度開始前に思うこと/長嶺超輝
第479号に含まれる記事 平成19年10月10日発行
裁判員制度開始前に思うこと – 2面
長嶺超輝
『お言葉集』前と『お言葉集』後
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- 『裁判官の爆笑お言葉集』
幻冬舎新書
今年の3月末に『裁判官の爆笑お言葉集』を世に送り出して以来、弁護士さんからフリーターの女の子まで、とても多くの皆さまからご感想や励ましをいただきました。法廷で飛び出した裁判官の意外な発言を集めた本です。再来年より裁判員制度が始まるにあたって、法律や裁判の知識どころか「難しい話が苦手」で「普段は本を読まない」層に狙いを定めて執筆しました。そのうえで心がけたのは、考えうる限りの「読みやすさ」。
ですから、一般の皆さんから「面白かったです」「泣いちゃいましたよ」というご感想をいただくと、いろいろあったけれども完成までこぎつけてよかったと思えます。それに「もっと面白い本を書きたい」と、次回作はもっと思い切ったチャレンジをしたくなりますね。
今までは、「本を出したい」「雑誌に書きたい」と、私のほうから出版社へ売り込んでも、けんもほろろに断られていました。ところが『お言葉集』リリースを境に、逆に仕事のご依頼が殺到してきておりまして、日々うれしい悲鳴をあげております。
多くの新聞や雑誌で特集やインタビューを組んでいただきましたし、関西テレビの番組では、1時間まるまる「裁判官のお言葉」を取り上げてくださいまして、生出演で大阪の芸人さんたちから容赦ないツッコミをいただく貴重な体験ができました。
さらに、音信が途絶えていた高校や大学時代の懐かしい友人たちから連絡が来て、急に飲み仲間が増えました。その新たな飲み仲間が冗談で「この本知ってます?こいつが書いたんです」と、飲み屋の店員さんに『お言葉集』を見せると、「あ、存じております。先日テレビで紹介されてましたね」という思いがけない反応があるなど、自分でまいた種ながら、その副次的な波及効果の大きさに驚いているところです。
こういうことばかり書くと、「ナガミネは、自慢話しかせんやっちゃなー」と思われそうですが、自分のしでかしたことだという実感が、いまだにまるで無いのです。きっと、書店で『お言葉集』をレジに持って行ってくださったお客さんをまだ一人も目撃したことがないからでしょう。つくづく不思議な商売だと思います。
ただ1つ実感できているのは、今までの金なし生活から抜け出せたことですね。おかげさまで、電動ひげそりを6〜7年ぶりぐらいに買い換えることができましたし、借金も返せました。取材したいところへ自由に行けるようになりました。本棚を1つしか置けない6畳1間の自宅から、ようやく引っ越せそうです。
それにしても、文章を書いて生きていけるなんて、自分は幸せ者だと心から思います。本当に運がいい。ないのは恋愛運だけです。
司法試験に懲りてライターへ転身
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- 最高裁判所(隼町)
もともと、幼いころから漫画を描いたり物語を作ったりして、友達と見せ合うことが好きだったのですが、なんとなく入った大学の法学部で、法律の世界の面白さを知りました。ゼミの教授など、周りからおだてられる形で法律のプロを目指すことになったわけですけれども、もし万が一、弁護士になったとしても、「必ずいつか本は出そう」と決めていたほど書くことが好きでした。弁護士の道を断念した私が、次に目指すところとして「物書き」に照準を合わせるのは、ごく自然な流れだったのかもしれません。
出版業界に何のコネもありませんでしたが、日本の出版社の約9割は東京に集中しているということで、迷わずに上京し、めぼしい出版社へ企画書を送りつけました。なんとか私の話を聞いてくださった編集者も「本という形にこだわらなくてもいいんじゃないか」とか、「書きたいという気持ちが強すぎるんじゃないか」と、いろいろ指摘されて腹も立ちました。「ライターが、書きたい気持ちが強すぎて、何が悪いんだ」と。
しかし、今はなんとなく、その編集者の言わんとしていることがわかります。私が当時「面白い企画」だと思い込んでいたものは、単なる「ひとり遊び」でした。書店に置かせてもらって、お客さんが代金と引き換える「商品」という意識が欠落していたからです。
結局は、幻冬舎から出版のお話をいただくことになりました。一昨年の暮れのことです。「文芸や自叙伝の出版社だから」という漠然とした考えで、幻冬舎は売り込みの選択肢から外していたのですが、当時は「幻冬舎新書」シリーズの創刊準備段階でして、私のような法律や裁判について書こうと思っている者にとっても、居場所がある出版社になっていくと思いました。
その年の9月に衆議院議員の総選挙が行われましたが、それと同時開催された「最高裁判所裁判官 国民審査」に照準を合わせて、私が勝手にネット上で公開していた裁判官プロフィールに、目をつけてくださったというのです。
「お言葉」に焦点を当てたわけ
最初は、「一般向けに裁判についてわかりやすく書いた本」というご依頼でした。そのころ光文社新書で『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』が大ヒットを記録しておりまして、それを受けて「さおだけ屋の法律版」を書けないか、というお話だったのです。
『さおだけ屋』は、身近な疑問から経済・会計の話題に引き寄せて謎解きをしていく、いわば「ミステリー仕立て」の企画だといえます。裁判の世界で、そういうポップな謎があるだろうか…、などと考えるうちに、いつしか半年が経っていました。
そんなとき、ぐずぐず悩んで煮詰まっている私に、編集の方から、「一番書きやすいところから書いてみてはどうですか」というアドバイスを頂戴できたのです。そこで真っ先に浮かんだのが、刑事裁判での判決の後に、裁判官から被告人の将来について助言をする「説諭(訓戒)」という手続きでした。
法律を抜きにして、1度道を踏み外した人の心に訴えかけようとする「お言葉」です。ブログでも話題にしたことがありましたし、法律に詳しくない方にもアピールできるのではないかと思い、本腰を入れて集めてみたら…。まぁ、あるわあるわ。私にとっては「お宝」としか言いようのない、興味深いネタがザクザクと出てきまして、一部をブログで改めて紹介したところ、皆さんからコメントを続々とつけてもらえたのです。
「これは、『説諭』という手続き1本だけで、1冊書けてしまうかもしれない」と、幻冬舎さんに改めてご相談したのが、この出版企画の始まりです。つい昨年の段階では、私が裁判官の発言をテーマに本を書くなど、しかもその本に世間やメディアで話題にあがるほどの商品力があるなんて、つゆほども思っていませんでした。
裁判員制度が始まります
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- 東京高等裁判所・東京地方裁判所・東京簡易裁判所がある合同庁舎(霞ヶ関)
2004年に法案が国会で可決されたものの、「まだまだ先の話」だとタカをくくっていた裁判員制度ですが、気づいたら導入が再来年に迫っていましたね。
裁判員制度とは、殺人などの重大な刑事事件について、プロの裁判官だけでなく、一般市民から選ばれた裁判員も一緒に加わって、判決内容を決めていく制度です。一般常識にかなった判断がなされることが期待されていますが、裁判所は平日の昼間しか開いてないこともあり、社会人の多くは仕事を休んで参加しなければなりません。
計算のうえでは、裁判員に選ばれるよりも、一生に1度も召集されることなく冥土へ旅立つ人のほうが、じつは確率としてはずっと高いのです。ただ、誰を裁判所に呼び出すか決める手段が「くじ引き」とあっては、他人事で済ますわけにはいきません。
裁判員制度について解説した本も、現在までに30種類近く出ているようです。どの本にも大切な手続きが一通り、わかりやすく書かれていると思います。
ただ、私が気になっているのは、どの「裁判員本」も、ある視点が抜け落ちているのではないかということです。どういう制度なのか、という説明は十二分にされていても、もし読者の皆さんが裁判員として法壇の上にあがった「まさにそのとき」どうするのか…?ということについては、ほとんどなされていないように見受けられます。
法廷に出てくる証言や被告人の発言を聞いて、メモをとっていくのはいいことですが、すべてを記録しようとしたら、必ずメモが追いつかなくなります。肝心なところを聞き逃すかもしれません。一般生活者の直感こそが、裁判員の本領の発揮どころなのに、被告の表情や態度などの観察に神経が行き届かなくなれば台無しです。
そこで、出てくる証言や証拠の重要度にメリハリをつけて、整理するコツを知っておく必要があると思うのです。どこに注目して見聞きすればいいのか。裁判員として被告人や証人にどういう質問を投げかければいいか。非公開の評議にはいかに臨むべきか。もしも裁判員に選ばれたとき、皆さんが戸惑わずに済むような、頭でわかるだけでなく実践で使っていただけるようなガイド本を、某出版社から出すことになりました。
企画はすでに通っていますので、あとは私が書くだけなんですが…。執筆作業はなかなか一筋縄ではいかないものになりそうです。もし遠い将来、店頭で見かけるようなことがありましたら、ぜひお手にとってご覧くださいませ。よろしくお願いいたします。
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