Web版 有鄰 第479号 『映画篇』/金城一紀 ほか
第479号に含まれる記事 平成19年10月10日発行
有鄰らいぶらりい
『映画篇』 金城一紀:著/集英社:刊/1,400円+税
書き下ろし5編を収めた短編集だが、全編とも映画の題名をそのまま小説の題に借用している。
冒頭の「太陽がいっぱい」は映画を通じて友人となった在日朝鮮人の民族学校に通う「僕」と龍一の物語である。人見知りで友人のいなかった小学5年の「僕」を初めての映画館に誘ったのは龍一。
中学からただ1人、日本の高校に進学することになった「僕」が、教師のイジメに合い、龍一からも距離を置かれたときも、卒業式のあと「映画見に行こうぜ」と声をかけてきたのは龍一だった。
このとき見たのが「太陽がいっぱい」。2人はアラン・ドロン演ずる「身寄りもなく貧しいけれど野心たっぷりで才能溢れた主人公トム・リブリー」に夢中になり「すげぇ面白かった」「でもあのラストはないな」と言い合う。
これまで常に正義の主人公が勝利をおさめるアクション映画に、不条理な社会からの救いを感じてきた2人にとって、たとえ、殺人を犯した主人公でもヒーローが捕まることは我慢できなかったのだ。
その後、大学を出て会社に入った「僕」が、高校を中退して暴力金融の取立ての仕事を始めた龍一のために書いた、リブリーになぞらえた龍一のハッピーエンド物語は感動的である。差別という言葉を使わないで、社会そのものが持っている差別も感じさせる小説である。
『死ぬほど聞くのが恥ずかしい!超常識』
今さら聞けない常識研究会:編/廣済堂出版:刊/476円+税
披露宴やお通夜にはどんな服を着るか、お祝いや香典の額はどうする、など「しきたり」の章に始まり、8章二百数十項目にわたる「超常識」を並べている。
別に、聞くのが恥ずかしい事柄ではなく、これだけ知っていたら、むしろ通ぶれると思われる雑学的知識が多い。
「ビジネス」の章では接待のときの席次、立食パーティーのマナーなど。「言葉」では水を売っていないのになぜ水商売というのか(答えは諸説あってよく分からない)。なぜなまけ者の男をどら息子というのか(これにも諸説)など。「健康」ではなぜ心臓はガンにならないのか(理由は心臓が高温であり細胞が増殖しないため)、なぜラーメンを食べると鼻水が出るのか(鼻の粘膜の血管が開き、さらに湯気が粘膜を刺激するため)など、「歴史」ではなぜ江戸時代にはヒゲの武士がいなかったか(徳川幕府が禁止したから)などなど。
なぜ通勤電車の中で化粧したり物を食べてはいけないのかなど、これまで常識以前と思われていたことも加えてほしかった。
『1950年のバックトス』 北村薫:著/新潮社:刊/1,500円+税
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- 『1950年のバックトス』
新潮社:刊
前回の直木賞で本命に擬せられながら受賞できなかった著者の掌小説23編を収める。
表題作は群馬県からやってきた夫の母を、その孫、翔太の野球の試合に連れて行く話。試合中、翔太が悪送球、グランドを隔てる敷石の手前にいた2人の方に飛んできておばあちゃんの靴の爪先にあたって跳ね返る。
「あっ」と声をあげ《おばあちゃん、大丈夫ですか》と続けようとした嫁の鮎子を、前を向いたまま「これっ、黙って。駄目じゃないの」と制止するおばあちゃん。おばあちゃんと野球というのは北極とフラダンスぐらい結びつかない鮎子には分からない。
「さっき説明があったでしょ。敷石の内側に当たったら当然、インプレー。でも観客の身体に当たったら、エンタイトル・ツウベースなのよ」と説明するおばあちゃんが実は帰国子女で異国の言葉をしゃべり出したように思えた、というのがおかしい。実はこのおばあちゃん、かつて日本にあった女子プロ野球団の、という種明かしとそれにともなうドラマがある。
酔った後輩を送っていく途中、彼女のアパートへ行く電車が不通になり、やむなく自分の部屋へ連れ込んだ先輩が、「寝ないで起きている」という後輩と、怖い話ごとに蝋燭を消す代わりに電気を1つずつ消していく「百物語」。
小説家が書いた登場人物を恋したので付き合うことを、親代わりの作家が許して欲しいと、万華鏡を手土産に訪ねてくる女性の話「万華鏡」など怪奇的な話もあり、幅広い才能を感じさせる小説群。
『数ならぬ身とな思ひそ寿貞と芭蕉』
別所真紀子:著/新人物往来社/1,900円+税
松尾芭蕉。いうまでもなく「おくのほそみち」で知られる江戸時代の俳聖だ。伊賀の出身だけに、興味本位の”忍者説”もあるが、愛人がいたことは、本書をひもとくまで知らなかった。
芭蕉は生涯独身。多くの書簡を残したが、その中には、お寿貞[すて]に触れたものもいくつかある。おすて—芭蕉と同様伊賀の出身。結婚の経験があり、3人の子をなしている。芭蕉と出会ったのは幼少のころからで、結婚し、子をなした後、出家して尼となるが、その間もずっと影の形に沿うごとく、芭蕉に寄り添った。江戸へも芭蕉の後を追って出ている。その間の心くばりは、妻も及ばぬばかりである。
<…自ら信ずる道を究めるために敢えて厳しい乞食の身を選び、俳諧に於いては前人未到の境地を切り拓いてきた、と思う。そのぶん、迷惑をかけたこともある。わけても寿貞には自分の我侭で辛い思いをさせた。が、寿貞は解ってくれていた。……芭蕉はまぼろしの寿貞に贈る供養の一句を書きつけた。
尼寿貞が身まかとけるとききて、数ならぬ身とな思ひを玉まつり はせを>
(K・F)
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