Web版 有鄰 第495号 山本兼一と『利休にたずねよ』
山本兼一と『利休にたずねよ』 – 人と作品
“茶聖”千利休を新たな視点から描く
山本兼一
利休の切腹の日から始まる物語
茶の湯は、戦国の世に花開いた美の世界だ。『利休にたずねよ』は、信長、秀吉に仕え、現在の茶道三千家の祖となった千利休を、新たな視点から描き、08年下半期の直木賞を受賞した。
「京都で生まれ育ち、子供の頃は大徳寺の境内で遊びました。利休の切腹の話は小学生の頃に聞き、血に染まった鮮烈なイメージを、子供心に抱きました。利休というと侘び寂びの世界だと言われますが、私の印象はまったく違います。利休好みの茶器などを見ていると、むしろ艶っぽさを感じる。彼が追い求めたものは、冷たい雪の中にある春の芽吹き、燃え立つ命の美しさだったのではないか。そこを突き詰めて書いてみたいと思いました」
利休は天正19年(1591年)2月28日、京都の聚楽屋敷で70年の生涯を閉じる。物語は死のその日から始まり、利休、秀吉、禅僧の古溪宗陳、家康、後妻の宗恩ら、関わる人々の目を通し、利休の美学の原点になった事件へとさかのぼっていく。
「私は、利休の死は秀吉に嫌われたためで、特に謎ではないと考えています。切腹の史実はあまりにも有名で、死を結末にしたら驚きがなく、小説として面白くない。そこで、ある事件をフィクションとして結末に据え、過去にさかのぼる中で、利休とその世界を書く構成にした。利休は傑出した才能の持ち主でしたが、傲岸不遜でいやみな人物だと思っていた人もいたはずで、その筆頭は秀吉です。一面的には捉えられない巨人ですから、多くの人の目から利休を眺めていきました」
利休は茶の湯を洗練し、茶道具、美術、精神性も含めた総合芸術へと高めた。「躙[にじ]り口」といわれる小さな出入り口が初めて作られたのは、天王山に利休が建てた待庵[たいあん]という。四畳半以下の茶席は不思議と心地よく、茶の湯は戦乱で疲れきった人々の心を和らげた。天下を勝ち取った秀吉がどれだけ金銀をはたいても、利休の美の世界の凄まじさに追いつけない。人は何かを求める気持ちがあって、生きる力を得る。領地や金銀をほしがる侍と同様、利休も美をむさぼる欲に取り憑かれているのだが、信長や秀吉の執着と、利休の執着とでは何が違うのだろうか。
「利休は、美を支配しようとしたのではなく、時の権力よりも強く長く輝きを放つ美を執拗に追い求め、人が快いと思う空間と人の和を非常な繊細さで作り上げた。この小説は、利休の恋の話です。恋をする心は、エネルギーの源泉になる。“茶聖”と言われていますが、利休は決していかめしくなく、愛する力の強い、エネルギーに満ちた人だったと思います。利休の茶の湯に命の輝きや強さがなければ、誰も利休の世界に惹かれなかったでしょう。私はいつも、小説で“強さ”を書きたいと思っています。この小説を書いているとき、自分の中から文章がほとばしり、浮力が生じるような感覚がありました。心地よい緊張感、手ごたえがあった作品です」
日本史上の国家や民族のうねりを書きたい
1956年、京都市生まれ。同志社大学卒。出版社勤務を経てフリーライターになり、99年に『弾正の鷹』で「小説NON創刊150号記念短編時代小説賞」佳作。02年、『戦国秘録 白鷹伝』でデビュー。04年、『火天の城』で松本清張賞。ほかの著作に『雷神の筒』『いっしん虎徹』『千両花嫁』『狂い咲き正宗』などがある。
「司馬遼太郎さんの作品が好きで、歴史小説を書き始めました。ありがたいことにここ30、40年で日本史の研究が進み、司馬さんがご存じなかった新しい発見がもたらされました。並べるとは思っていませんが、戦っていける余地はあると、これまでにない切り口を一生懸命探して書いています。国家や民族は、うねったり、きしんだりします。そのうねりを書きたい」
千利休は、松本清張賞の受賞直後から取り掛かったテーマだった。書き上げて、山岡鉄舟、フランシスコ・ザビエル、吉原の花魁の話などを構想し、執筆している。
「ドイツの戦車のプラモデルを作ったり、西洋に憧れた時期もありましたが、本名で歴史小説を書き始めて、日本の深層への旅を続けたい思いを強くしました。世界がさまざまな問題で行き詰まっている今、日本人は、もう日本に帰るしかない。人間の偉大さとはいったい何だろうと、常々考えます。社会的影響力とは別に、志高く、自己犠牲もいとわず、自分を無にして人のために何かできる人は尊いと思います」
(青木千恵)
※「有鄰」495号本紙では5ページに掲載されています。
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