Web版 有鄰 第508号 道尾秀介と『光媒の花』
第508号に含まれる記事 平成22年5月10日発行
道尾秀介と『光媒の花』 – 人と作品
1匹の白い蝶が見た6つの景色を描く連作短編集
道尾秀介
救いを書くには光と影の両方がなければ
蝶は毎日決まったルートを飛び、必ずもとの場所に戻ってくる習性があるという。『光媒の花』は、ある1匹の白い蝶が見た、6つの景色を描く連作短編集である。
「“広義のミステリーを”と短編の依頼を受けて『隠れ鬼』を書いたとき、いい話が書けた手応えがあったので、ちょっと新しい連作短編をやってみようと思いました。1話目の脇役が2話目の主人公に、2話目の脇役が3話目の主人公にする縛りを設け、書き継いでいったら、単発の短編でも長編でもできないことができるかもしれないと」
“第1章”となった1つ目の作品「隠れ鬼」は、小さな印章店を営み、認知症が進む母親とひっそり暮らす男の過去を描いている。30年前の事件を胸のうちに抱える孤独な男は、児童公園で隠れ鬼をして遊ぶ少年を目にして〈私にはもう、探してくれる鬼もない〉と独白する。
そして第2章「虫送り」は〈鬼は探しに来なかった〉という1行で始まる。隠れ鬼遊びで友だちに置いてきぼりにされてしまった少年も孤独だ。両親は働きづめで家にいず、2歳下の妹と毎日、虫取りをしている。河原を根城にするホームレスと話すようになり悲しい出来事が――。
「連作の全体像を思い描くと1話ずつが繋ぎのようになってしまうから、次を考えずに書いていきました。それぞれが独立した形で楽しめる、短編として十分クオリティの高いものを1つずつ書こうと考えていました。前半の3章までを書いたとき、この人達の世界に光が差す、もっと明るい方向に向かせてあげたいと思ったんですよね。人生って、光と影が半々くらいだと思う。光があるから影が生まれる、だから光と影は必ず1対1なんじゃないかという気がして、そう考えながら書いていくと前半は影、後半は光と短編ができていき、全体のバランスがちょうどいい連作短編集になりました」
蝶が6つの景色を見る発想が生まれたのは、第3章「冬の蝶」を書いたとき。絶望的状況だった第3章の人物の人生に、第4章「春の蝶」で光が差したとき、この本の世界は淡い光に向けてターンし、〈光ったり翳ったりしながら動いているこの世界〉〈すべてが流れ、つながり合い、いつも新しいこの世界〉が描き込まれていくことになった。
「第3、4章に共通する人物を書いたとき、真っ暗だった世界に光が差し、その光が凄く魅力的だった。僕はやっぱり、小説で救いを書きたい気持ちが強い。古今東西、いわゆる名作といわれる小説のテーマは、救いだったと思います。救いを書くためには、救われなくてはやりきれないほど人物は酷い目に遭う。小説で重いエピソードを書くのは、重いものでないと、ちょっとした救いを書くだけになってしまうから。また、救いのない小説を書く方が簡単だと思う。残酷なだけ、重いだけのエピソードを書けばいいだけですから。救いを書く場合は、光と影の両方をちゃんと書かなければならない」
誰でも感じたことがある感情を上質な文章で表わす
1975年生まれ。2004年、『背の眼 上・下』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。07年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞。そして今年『龍神の雨』で大藪春彦賞。「このミステリーがすごい!2009年版」で作家別投票一位を獲得、『向日葵の咲かない夏』がオリコンによる「2009年最も売れた文庫本」となるなど注目度ナンバーワンの作家。『向日葵の咲かない夏』の冒頭、少年がぶら下がっている光景の描出などにゾクリとさせられ、世界に引き込まれる。
「視力のよくない人が眼鏡をはずすとこんな感じなのかなと、男の子らしきものが揺れている光景がぼんやりと見え、文章で書いて初めてありありと見える感じです。本を読むのは時間がかかる、疲れると、苦手だった分、高校生で読んだ太宰治『人間失格』の衝撃がどでかかった。世の中には活字でしか表わされない世界があるんだとびっくりして、川端康成、横溝正史、都筑道夫…と興味が赴くまま読み、19歳のとき、30までに作家になろうと決めました。そのとき読みたいものを自分で書くスタンスで、文章でしか表せない感情、景色に強く惹かれています。この世の中にはもう、知られていない感情なんかない。こんな新しい感情を見つけましたなんて起こりえないわけで、誰でも感じたことがある感情を、上質な文章で表わしていく以外ないと思っています」
(青木千恵)
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