Web版 有鄰 第571号 凪良ゆうと『滅びの前のシャングリラ』

第571号に含まれる記事 令和2年11月10日発行

凪良ゆうと『滅びの前のシャングリラ』 – 人と作品

滅亡を前に「幸せ」について問う4人の人生が交錯する物語

凪良ゆう
凪良ゆう
?内藤貞保

滅びゆく世界で見えてくる親子や家族の幸せとは

1ヶ月後、小惑星が地球に衝突する――。滅びゆく世界を描いた長編小説だ。

「だいぶ前から、隕石の衝突で人類が滅亡する話を書きたいと思っていました。まだ今じゃないな、まだ力不足と思ううちに時間が経ち、書きたいと思った動機はもう思い出せないんです。ただ、それまでの暮らしが幸せでなかった人たちが、この人生がやっと終わるのかと思い、そこから悲しみや驚きと向き合っていく、そんな滅びの物語があってもいいのかな、書いてみたいと思いました」

学校でいじめを受けている17歳の江那友樹は、小惑星衝突の危機をニュースを知る。友樹ら4人の人物の視点から、物語は描かれる。

「同年代の人ばかりにするのはやめようと、4人の人物を設定しました。同時発生的にぽんと4人が生まれ、はじめにすくすくと育っていったのは友樹と信士でした。4章に分けてプロット通りに進めましたが、私は心理描写に力点を置くので、心理によって筋がずれるとエピソードを少しずつ変えたりして、すごく苦労しました。その人物の中に入って話し合うようにして書くので、しんどい展開の時は結構大変です。でも、楽しくもあります。その人物になりきると、普段の自分なら思いもよらない発想と行動をするので面白い。いろんな人生が体験できるんです」

友樹は、ずっと憧れていた美少女、藤森雪絵と東京に向かう。徐々に荒廃していく世界が行く手に広がる。滅びゆく世界で、人々の心に去来する心理の描写が見事だ。

「私の小説には、型破りな要素は少ないと思います。ナポリタンのような定番のメニューだけれど、食べてみたら美味しかったという物語を目指しています。ただ書き出しのインパクトは重要で、読者が入りやすいように掴みを意識することはあります」

友樹、やくざの信士、親や恋人の暴力から逃げ出した静香……。それぞれの人生が交錯する。〈――ぼくたちって、実はこんな生き物だったのか〉。地球より先に人間が壊れゆく世界で、「幸せ」を問う。手に汗握るラストは、最後3ページを書くのに2ヶ月を要したという。

「人物になりきって書くので、死を受け入れる気持ちを突き詰めなくてはならないのですが、どうしても分からなくて書いては消しを繰り返し、書き上げられなくなりました。打開策が見つかり、ぱっと目の前が開けて半日で書き上がりましたが、そこまでに2ヶ月かかりました。一見平和に見えて本当は曖昧だったり、人も社会も脆いと思います。この小説は昨年にプロットを決めて、その後、新型コロナウイルスで大変な状況になり、世の中の脆さに驚きました。滅亡の話を今出すべきかどうか、編集者と話し合ったんですよね。ただ今は、出すべき時に出せたという気持ちの方が強いです」

足りないもの、違和感、隙間を埋める物語を書く

滋賀県生まれ。2006年、「小説花丸」に「恋するエゴイスト」が掲載され、デビュー。各社でBL作品を刊行し、17年、非BL作品である『神さまのビオトープ』を発表して高い支持を得る。20年、『流浪の月』で本屋大賞グランプリを受賞。

「お気に入りの本で砦を作り、嫌なことがあると砦にすっと隠れるように、楽しいより切実な感じで、子どもの頃から本を読んでいました。漫画をたくさん読み、特に大島弓子さんの作品は大人になって読むと改めて分かる部分があって、何回も読んでいます。小説は小学6年か中学の頃に氷室冴子さんのファンになり、シンデレラシリーズを愛読しました。新井素子さんの『ひとめあなたに…』からも影響を受けたと思います」

漫画家を目指したが叶わず、しばらく創作から離れていた。ふと読んだ記事をきっかけに、絵ではなく文章で創作を再開。楽しくて止まらなくなった。プロになればずっと書いていられると投稿を開始し、デビューした。

「何か足りなかったり、違和感を感じていたり、どこかに隙間があって物語を必要とする人に向けて書いていると思います。だから『流浪の月』が評価されて、寂しい人が意外に多くいるのかなと思いました。作風が1作ずつ変わるとBLの頃から言われていましたし、これからは、その時その時に書きたいものをガツンと書いていくと思います。男女の恋愛を書いたことがないので、何も滅んだりしない恋愛小説を書いてみたいですね。順番が逆だなあと思うんですけれど(笑)」

(青木千恵)

『滅びの前のシャングリラ』・表紙

滅びの前のシャングリラ
凪良ゆう/中央公論新社/1,550円+税

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