Web版 有鄰 第580号 『タラント』/角田光代 ほか
有鄰らいぶらりい
『タラント』 角田光代:著/中央公論新社:刊/1,980円(税込)
2019年、高松に帰郷した山辺みのりは、祖父の清美に宛てた「涼花」という差出人の手紙を見つける。90歳すぎの清美は70年以上前に出征し、戦争で左足を失った。戦争のこととなるとまったく話さない、とにかく無口な清美に、若い女性の知り合いがいるのだろうか?
大学に合格したみのりが、意気揚々と上京したのは1999年のことだった。『麦の会』というボランティアサークルに入り、同じ新入生でジャーナリスト志望の宮原玲らと知り合ったみのりは、自分も世界を知ろうとする。しかし2008年、ヨルダンの難民キャンプを訪ねるスタディツアーに参加して過ちを犯し、後悔と恐怖に囚われて熱意を失くしてしまう。2019年に帰郷したのは、勤務先で責任者を任せられる重荷を避けるためだった。
2019年から1999年へと時を遡り、コロナ禍の現在へ。約20年を軸にした物語である。みのりの甥、陸が「涼花」の正体を探り始め、清美の過去がひもとかれていく。清美、陸、涼花、玲、夫の寿士ら、人々とのやり取りを通してみのりの中から湧き上がった気持ちとは?
〈今、だれもがスタートを待っているんだとみのりは思う〉。その先へ、と読者の背中を押してくれる、優れた長篇小説だ。
『月夜の森の梟』
小池真理子:著/朝日新聞出版:刊/1,320円(税込)
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- 『月夜の森の梟』
朝日新聞出版:刊
〈37年前に出会い、恋におち、互いに小説家になることを夢みて共に暮らし始めた〉。夢が叶って夫婦ともども小説家になり、一つ屋根の下に二人の作家がいる風変わりな生活を続けてきた。2018年春、夫の肺に悪性腫瘍が見つかり、20年1月に夫は死去する。〈それにしても、さびしい。ただ、ただ、さびしくて、言葉が見つからない〉とは、20年2月に著者が記した言葉だ。
本書は「朝日新聞」で20年6月から1年間にわたって連載され、大きな反響を呼んだエッセイを編んだ1冊である。〈夫は亡くなる数週間前、私に言った。「年をとったおまえを見たかった。見られないとわかると残念だな」〉。コロナ禍となり、死別による喪失と疫病による世界の変容を同時に味わいながら、亡き人たちのことや今目の前にある風景を、著者は言葉にする。〈いつしか不思議なことに、自身の心象風景を綴りたい、という想いが、小さな無数の泡のようになって生まれてくるのを感じた〉。
〈人は皆、周波数の同じ慟哭を抱えて生きている……それが、連載を終えた今の私の実感である〉。夫、妻、子、兄弟姉妹、両親、ペット。百人百様の死別の形がある。自身の体験を綴りながら、苦しみを越えて生きる人々を励ますエッセイ集である。
『夏の体温』 瀬尾まいこ:著/双葉社:刊/1,540円(税込)
ぶつけてもいないのに足にあざができて消えず、8歳の「ぼく」、高倉瑛介が県立病院に入院して1ヶ月と7日が経った。検査で血小板が少ないことがわかり、薬で治療しながら経過を観察中だ。小児科の入院病棟にあるプレイルームでぼくは毎日を過ごしている。〈病気もつらい。検査も治療もしんどい。でも、元気な体でここに閉じ込められる苦しさもある〉。
8月4日、同じ学年の男の子が入院すると保育士の三園さんから聞いたぼくは、期待で胸を膨らませる。夕方、待ちに待った小学3年生、田波壮太がプレイルームに現れて、すぐに意気投合する。壮太は成長ホルモンの分泌を調べるための、2泊3日の検査入院だった。紙飛行機を飛ばしあったり、学校の話を聞いたり、壮太との楽しい時間は瞬く間に過ぎて、8月6日、壮太は退院していく。夜、気持ちが抑えられなくなったぼくは、真っ暗なプレイルームに向かった――(表題作)
入院生活に変化が起こる表題作、3作目を書きあぐねる女子大生作家が、「悪人」を描くために腹黒いと噂されている男子学生を取材する「魅惑の極悪人ファイル」、越したばかりの街で始まる中学生活を描いた掌編「花曇りの向こう」の3編を収録。「出会い」がもたらす「奇跡」を描いている。
『図書室のはこぶね』
名取佐和子:著/実業之日本社:刊/1,760円(税込)
野亜高の3年生で、女子バレー部のエースだった百瀬花音は、けがで引退試合を断念し、体育祭にも出られなくなった。クラスメイトの代理で図書当番を引き受け、3年生の9月まで利用したことのなかった図書室に足を踏み入れる。「図書室が好き」な図書委員、俵朔太朗に仕事を教わり、蔵書の片づけを始めた花音は、データ上は1冊しかないケストナー『飛ぶ教室』が2冊あることに気づく。1冊をめくると、〈方舟はいらない 大きな腕白ども 土ダンをぶっつぶせ!〉と記された紙切れがあった。
小学生の頃にシャーロック・ホームズを読んでいた花音は、『飛ぶ教室』が2冊ある謎を解くことにする。10年前に貸し出された1冊が返却されず、翌年に1冊を再購入していたことがわかる。貸し出されたままだった本は、なぜ戻ってきたのか?
“土曜のダンス”、略して“土ダン”が名物の体育祭まで1週間。準備で学校中が沸き立つ中、図書室で謎解きが進む。〈その枠組みにきちんとおさまれる人だけが参加できる土ダンは、乗る者を選別したノアの方舟みたいなもんだって、ハムは言ってた〉。10年の時空を繋ぎ、1冊の本に秘められたドラマが動き出す。10代の心の動きと大切な時間を描いた、みずみずしい青春小説。
(C・A)
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