Web版 有鄰 第581号 『渚の螢火』/坂上泉 ほか
第581号に含まれる記事 令和4年7月10日発行
有鄰らいぶらりい
『渚の螢火』 坂上泉:著/双葉社:刊/1,870円(税込)
1972年4月、琉球警察に帰任した真栄田太一警部補は「本土復帰特別対策室」の班長となった。1945年の沖縄戦後に組織され、米軍と米国民政府の下で治安を守ってきた琉球警察は、5月15日の本土復帰で沖縄県警察に改組され、歴史に幕を下ろすことになっていた。そんな中、通貨切り替えのため沖縄全土から回収されていたドル札のうち、100万ドル(3億円以上)が奪われる事件が発生。外交紛争への発展を恐れる上層部から、真栄田は秘密裡の解決を命じられる。
〈今の自分は何人なのだろう。日本人か、沖縄人か、はたまたアメリカ人か〉。石垣島で生まれた真栄田は沖縄本島の高校から日本本土の大学に”留学”し、行く先々でよそ者扱いをされていた。期待をかけられ、警視庁捜査二課への出向も経験した真栄田に、高校で同窓だった琉球警察の与那覇は「内地面しやがって」と敵意を向けてくる。与那覇らと強奪犯を追う真栄田は、日米の間で翻弄され続けた島の現実を見る。
本土復帰日までに、強奪犯を捕まえることができるのか? デビュー2作目の『インビジブル』で大藪春彦賞、日本推理作家協会賞を受賞した新鋭による、昭和史×警察サスペンス。本土復帰を目前にして揺れ動く社会と、人々の思いを活写している。
『弊社は買収されました!』 額賀澪:著/実業之日本社:刊/1,760円(税込)
老舗の石鹸メーカー「花森石鹸」に入社して10年以上、ずっと総務部で働いてきた真柴忠臣は、いつも通りに出勤しようとしていた3月のある朝、会社が買収されたことをニュースで知る。外資系メーカー「ブルーア」の子会社となった社内は騒然となり、新会社の社長に就任したターナーがオフィスに現れる。忠臣が暮らす古アパートに越してきたばかりの台湾人青年・林柏宇は、偶然にも、ターナーの秘書兼通訳だった。
社名は「ブルーア花森」に変更され、経営統合のための事務局に招集された忠臣は”会社の何でも屋”として駆けずり回る。若者向けの商品を得意とするブルーアと、古き良き定番商品で知られる花森は正反対の企業だった。各部署で「分断」が起こり、創業地にある本社の売却と移転、それに伴うリストラ計画がまたもや報道されて……。
〈効率化〉が苦手で愛社精神は強めなベテラン社員、働きやすい職場になることを期待する若手社員、創業期を支えた誇りを胸に、定年後も現役社員に発破をかける研究開発部OB、仕事と育児の両立に悩むシングルマザー。激変を乗り越えようと、奮闘する人々の1年を軽快に描いた仕事小説。一人ひとりの姿がとても身近な、ヒューマンドラマである。
『宙ごはん』 町田そのこ:著/小学館:刊/1,760円(税込)
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- 『宙ごはん』
小学館:刊
産んだ『お母さん』と育てる『ママ』。物心ついた頃には『お母さん』の妹である『ママ』に育てられていた宙だったが、小学校に上がるときに『ママ』の夫の海外赴任が決まり、生まれ育った樋野崎市で宙は『お母さん』と暮らし始める。宙には父親がいず、『お母さん』の川瀬花野は売れっ子のイラストレーターで、『ママ』と違って家事をしない。花野の後輩の佐伯恭弘が、二人の住む古屋敷に来ては食事を作ってくれるようになった。商店街で父親のレストランを手伝う佐伯は、花野のことが好きらしい(第一話 ふわふわパンケーキのイチゴジャム添え)
佐伯に料理を教わってはノートに記していた宙は、小学6年生になった。ある夜、恋人の死を知った花野が取り乱し、大人たちの姿に宙は失望してしまう。同級生のマリーの気持ちを知って……(第二話 かつおとこんぶが香るほこほこにゅうめん)
幼少期から青年期まで。理想的な『ママ』と望みとかけ離れた『お母さん』のもとで育ち始めた宙が、自分の家族と生き方を見出していくまでを、ごはんを作ること、食べることを交えて描く。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞、『星を掬う』も2022年の同賞で10位となった、注目の著者の最新刊である。
『さざなみの彼方』 佐藤雫:著/集英社:刊/1,870円(税込)
茶々と同年の乳母子・弥十郎は、織田信長の侵攻で田畑が焼かれ、小谷城が落城する凄惨な光景を目にした。父の浅井長政を殺した伯父、信長に茶々は母の市、妹たちとともに引き取られる。〈これからは、おぬしが茶々を守るのだ〉と長政に告げられた弥十郎は、元服して大野治長となり、茶々を見守る。
明智光秀の謀反で信長が殺され、織田家の重臣、柴田勝家に嫁ぐことを決めた市とともに茶々たちは越前国へ行く。無骨な老臣、勝家に茶々たちは懐き、治長は稽古をつけてもらうが、羽柴秀吉との争いで勝家と市が自害し、茶々ら姉妹と治長は再び凄惨な戦の中を落ちのびる。
勝家を滅ぼした秀吉は、大坂に巨大な居城を築いた。治長は馬廻衆となり、“天下人として、信長の血に繋がる側室が欲しい”と茶々は秀吉の側室となる。母と義父を自害させ、成り上がっていく秀吉を茶々は憎み、治長に思いを打ち明ける――。
戦乱の世で運命に翻弄されながら、茶々と治長は強い絆で結ばれ、思いあう。〈そこにいるのは皆が恐れ敬う関白秀吉ではなく、過去の傷と己の引け目を抱えながらも恋をする、一人の哀しい男だった〉。悲劇の将軍、源実朝を描いた『言の葉は、残りて』で鮮烈にデビューした著者による、歴史恋愛長編。
(C・A)
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