Web版 有鄰 第592号 『小田くん家は南部せんべい店』高森美由紀 ほか - 有鄰らいぶらりい
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小田くん家は南部せんべい店
青森県に住む小学4年生の弘毅は、祖父母、父母、姉の6人家族だ。家で製造・販売している南部せんべいは、青森県南部から岩手県北部に伝わる郷土菓子で、祖父の義男(よっしー)は8歳の頃から69年間、せんべいを焼き続けている。『町の文化を知ろう』をテーマに、せんべい店を見学する課外授業が企画され、2学期になってから学校を休んでいる潤を見かけた弘毅は、声をかける。課外授業の日、潤が現れる(一章 せんべい焼き窯の熱)
雪が降りしきる2月、町内の高校に通う姉の芽衣を訪ねて、中学時代の同級生たちが小田せんべい店に現れる。彼らは芽衣が受験に失敗した高校に通っており、優越感たっぷりな態度に弘毅が腹を立てていると、「芽衣ちゃんはあの男の子が好きだね」と、パートの安江さんが言う。バレンタインデーの日。芽衣からチョコレートをもらった弘毅は、何か特別な感じを覚えて……(二章 甘く香ばしいチョコクランチの冬)
個性豊かな一家が営む南部せんべい店と、町の人々を描いた家族小説。〈どったに金があっても、どったにえらくても我が通らねえものがこの世にゃあるってのを分かるために死があるんだ〉。青森県出身・在住の著者が、弘毅の成長を温かな筆致で描く。
それは令和のことでした、
あらゆることに異論を唱え、新しい価値観を見出そうと挑戦する船橋和世は、離婚後に出産した息子にも世間並みでない人生を強要した。太郎と名付けられた息子は、自ら望んで私立の中高一貫校へ進学するが(彼の名は)
「彼」は物流倉庫で、夜8時から朝6時まで働く昼夜逆転の生活を送っている。70近い体にはつらいが、年金だけでは生活できない。5歳の女児が行方不明になったというニュースがラジオから流れてきて……(有情無情)
乙坂雄大は、ひきこもりの姉を疎んで家を出、独り暮らしをしていた。両親が事故で亡くなり、家に住み続けようとする姉ともめてしまう(わたしが告発する!)
東京の大学に進学した長柄竜騎は、ゲーム三昧で”廃人”状態だ。〈TOKYOゾンビーランド〉攻略で街をふらつき、ぶつかってしまったおばあさんを家まで送ったが……(君は認知障害で)
さらに、「死にゆく母にできること」「無実が二人を分かつまで」「彼女の煙が晴れるとき」と続く計7編のミステリー短編と、青春ショートショート「花火大会」を収録。一行に瞠目し、悲劇を描く唯一無二の技巧にうなる。仕掛けに満ちた心温まる物語もある。著者の奇想に舌を巻く、珠玉の作品集だ。
ユーカラおとめ
1922(大正11)年5月、言語学者、金田一京助のアイヌ語、アイヌ文学研究を助けるため、知里幸恵は北海道から上京した。金田一宅に寄宿しながら、アイヌの口承文芸、ユーカラについて、祖母が謡ったアイヌ語の響きをローマ字で書き綴り、日本語訳をほどこしていく。
明治以降、政府によるアイヌの同化政策が押し進められる中、差別に苦しんできた幸恵は、アイヌ語と日本語を操る語学力を生かし、消えゆくアイヌの口承文芸と文化を残そうと情熱を傾ける。小説家の中條百合子と会うことになり、金田一から小説「貧しき人々の群」を勧められて読んだ幸恵は、静かな怒りを覚える。〈ただ貧しくみすぼらしい暮らしをしているというだけで、自分と違う言葉を話すというだけで、愚鈍で凶暴な獣のような存在だと描かれるのは我慢がならなかった〉。病弱な体と人の思い込みに悩まされながら、幸恵は心を定めて原稿に向かい合う。
1923(大正12)年に出版され、今も読み継がれる名著、『アイヌ神謡集』を遺した知里幸恵の評伝小説である。出版前に19歳の若さで急逝した幸恵は、アイヌ語を伝える使命を果たした。アイヌ民族としての誇りと、言葉に対する情熱を、東京で過ごした日々に焦点を当ててあざやかに描いている。
ゼロ打ち
畔上首相の突然の解散宣言で、短期決戦の総選挙が行われる――。大和新聞社会部の遊軍班で医療過誤や児童福祉などを取材していた片山芽衣は、選挙報道センターに急遽配属されてしまい、企画中のテーマや取材のリスケジュールを余儀なくされる。
元銀行員の中村圭二は、茨城南部が地盤の二世議員、後藤和幸の公設第一秘書を務めている。首相の解散宣言を受け、東京1区の選挙対策をサポートすることになった。現在の選出議員がスキャンダルで引退を表明し、民政党は大学教授で情報番組のコメンテーターを務める若宮慶介を後釜にしたが、地盤と“鞄”が弱く、浮動票の多い激戦区で当選にたどり着けるか、中村は危ぶんでいた。
販売部数の激減、広告収入の減少に直面する大和新聞は、他に先んじようと開票速報に注力することを決め、公共放送NHRから転職してきたばかりの中杉隆夫を、総選挙対応の総責任者に据える。選挙取材で東京一区を担当することになった片山は、ある情報を耳にする。それは都議会議員の不審死だった――。
女性記者と議員秘書の視点を代わる代わるにして、選挙戦と選挙報道の行方、不審死の真相を描いた政治サスペンス。政治と”カネ”のありようを活写した、タイムリーな一冊である。
(C・A)
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