Web版 有鄰 第572号 カズのいる街 Yokohama/増島みどり
第572号に含まれる記事 令和3年1月1日発行
カズのいる街 Yokohama – 海辺の創造力
増島みどり
53歳のカズが追い続けて来たのは、サッカーボールであり、夢や可能性であり、もしかすると「港」だったのかもしれない。そんな風に思う理由は、元ブラジル代表FW、カレカというスター選手の言葉にある。
柏レイソルでも愛された彼に聞いた洒落たエピソードを、このコラムを書こうと思った時、ふと思い出した。サッカー選手の移籍先について、ユーモア溢れる持論である。
「プロサッカー選手は、世界中を移籍しているようで、実は、自分のホームと同じ街を探し歩いているんだよ。サンパウロで生まれ育った僕はと言えば…」
プロになって以降所属したクラブは全て、海と、活気ある港町だったと名前をあげた。ブラジルを出て、初めてイタリアセリエAに移籍したのも港町「ナポリ」。柏に加入した理由も「やっぱり海がある街に行きたかった。(千葉の)海を一目で気に入ったから」と笑った。
熾烈な競争を生き抜くプロサッカー選手は、意識してもしていなくても、自分の「ホーム」をいつも心に抱いて旅を続けている。生涯7クラブを渡り歩いたカレカにそう聞いて以来、ホームという心の港を常に追い求めて戦うサッカー選手と、所属する街の景色が、いつも重なって見えるようになった。
静岡出身の15歳の青年は、誰一人叶えられるとは思わなかったプロサッカー選手を夢見て、大海に向かって小さな舟で出航した。ブラジルで所属したクラブはみな、開かれた海と、異文化が混じり合う港にあった。日本人で最初にセリエAに移籍したジェノアCFCもイタリア最大の港湾都市にある。
1998年、メンバー入りできなかったW杯フランス大会後にクロアチアのザグレブに移籍。内陸のクラブから半年ほどで帰国し、以後京都、神戸、そして2005年7月に横浜FCに移籍しもう15年になる。
「プロとは危機感と共走し続ける仕事。何も約束されない危機感を、いつも隣にいるんだと意識している。」
40代に入る頃にそう聞いた。横浜は、危機感と必死に走り続け、漕ぎ続けてたどりついた「港」なのだと思う。
異文化を受け入れ、人々の活発な往来によって広がった港町には、そこにしかない、独特の包容力が漂う。横浜に拠点を置く11ものプロ、アマ問わない異競技のトップチームの存在は、その心地良さを示している。
スポーツも苦境に立たされるコロナ禍で、10月には横浜FC、横浜F・マリノス、横浜DeNAベイスターズ、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズ等、プロ・アマ11競技による「横浜スポーツパートナーズ」が、市民を、活気付けようと発足した。スポーツファンには何ともうらやましい。
プロ35年目で5か国13ものクラブで戦ってきた姿は、サッカー界だけの奇跡では終わらないのだろう。国籍や文化、言葉の壁を超え、年齢も、厳しい社会情勢をも超えようとする街に、カズは言葉ではなく、ピッチに立とうとする努力によって様々なメッセージを送っている。
13年ぶりに復帰したJ1で9月、最年長出場記録を45歳2か月と1日(中山雅史)から、一気に53歳6か月と28日にまで更新した。
来季も、54歳が生き生きと走る風景を、横浜で見られるように。
(スポーツライター)
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