Web版 有鄰 第584号 横浜は本格ミステリに向いている/青崎有吾
横浜は本格ミステリに向いている – 海辺の創造力
青崎有吾
横浜とわたしは切っても切れない関係にある。なにしろ横浜生まれ横浜育ちで、自作シリーズも相鉄沿線を舞台にしているのだから。
地元愛が強いほうではぜんぜんないと思うのだが、一作目で希望ヶ丘高校をモデルにした学校を出してしまったため、続刊でも自然と横浜が舞台に。以降、磯子駅、横浜国大、保土ケ谷警察署など、実在する場所を出しつつ本格ミステリを書いている。
本格ミステリといえば、街から離れた山荘や、孤島や、閉鎖的な村で事件が起き、警察は介入できず、容疑者が何人かに限定されて……というシチュエーションを想像する人が多いと思うが、わたしは断然シティ派である。都会のど真ん中で殺人事件が起き、容疑者は数百万人。警察も捜査するが、犯人を見つけられない。そこから推理の力で、どうやってひとりに絞るか?
本格ミステリにはトリックやどんでん返しの面白さだけでなく、ロジックで犯人を特定する面白さというものがあり、都市部で展開するミステリでは、しばしばそうした“消去法推理”が物語の核となる。敬愛するエラリイ・クイーンの初期作にも都市小説的側面を持つ作品が多く、わたしもそんなミステリに憧れている。つまり横浜という都市の存在は、自分のミステリ的な嗜好とも合致しているのだ。
島田荘司さんのシリーズ探偵、御手洗潔が馬車道に住んでいたりもして、横浜はすでに様々なミステリの舞台となっているが、今後もっと多くの名探偵・名推理が横浜から生まれれば嬉しい限りである。
といっても横浜を犯罪都市にしたいわけではなく、あくまでフィクションの範疇の話なのだが――。一度、創作の世界と現実とが、思わぬ形でつながったことがあった。『図書館の殺人』という本を書いたときだ。
旭区白根にある旭図書館をモデルに架空の図書館を作り、館内で死体が発見されるという事件を描いた。まあバレないだろうと思っていたのだが、間取りや外観があまりにもそのまますぎたようだ。すぐに元ネタを見抜かれ、旭図書館の方々にも知られることとなってしまった。
怒られるのではないかとヒヤヒヤしていると、職員さんから連絡があり、「うちで現場を再現する企画をやりませんか」と意外なお誘いが。旭図書館に読者を集め、死体役のマネキンを置き、作中に登場する書籍や、手がかりの配置まで完全再現。見学ツアーとして館内を巡る、という大変面白い企画が催された。繰り返すがわたしが起こしたのは殺人事件であり、旭図書館は市営の公共施設である。なんと寛大であることか。旭図書館さんのミステリへの理解には感謝の気持ちしかない。
というわけで、都市の個性と住人の優しさに日々助けられながらお話を書いている。次はあの建物を出そうか、この駅を出そうか。これからも“都市の推理物語”でしか描けない面白さを伝えていきたい。あなたの街で事件が起きても、どうかご容赦を。
(ミステリ作家)
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