Web版 有鄰 第584号 『東京彰義伝』/吉森大祐 ほか

第584号に含まれる記事 令和5年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

東京彰義伝』 吉森大祐:著/講談社:刊/1,980円(税込)

『東京彰義伝』講談社・表紙

『東京彰義伝』
講談社:刊

明治15(1882)年、新政府による維新の勲功調査に対し、江戸開城と徳川家の存続に力を尽くした山岡鉄舟は「いいではないか。勝海舟の手柄で」と、未だ書面を提出していない。鉄舟の剣弟子となっている香川善治郎が報告書の代筆を申し出ると、「では、ある女を紹介してやろう」と、鉄舟は言う。「なぜ江戸が東京になりえたのか――。知りたくばこの女に聞くがよい。この町を愛し、この町のために尽くし、この町そのものである女だ」

鉄舟に紹介されたのは、東京の下町、下谷にある湯屋(銭湯)、『越前屋』の佐絵だった。紹介状を見せたのにけんもほろろに追い返された善治郎は、剣客、榊原鍵吉に会いに行く。榊原は慶応4(1868)年5月に起きた上野戦争の際、上野寛永寺の貫主、輪王寺宮能久親王の護衛に駆けつけ、『越前屋』の佐兵衛とともに殿下を守って脱出した人物だ。「宮殿下を見送った一同の中にひとりの女性がおった」。その女性が佐絵だった――。

戊辰戦争から江戸城無血開城、上野戦争。当時を知る人々を善治郎は訪ね、大混乱に陥った町と人々の暮らしを守り、本当に勲功があった者とは誰だったのかを知っていく。2017年デビューの著者が、知られざる歴史を掘り起こした長編小説である。

分岐駅まほろし』 清水晴木:著/実業之日本社:刊/1,760円(税込)

総武線の電車に乗り、新小岩駅~平井駅の区間を通過する、満月の夜であるなどの3つの条件が重なったとき、人生の分岐点に戻れる「まほろし駅」は現れる。

「あなたの人生の分岐点は、いつですか?」。42歳の会社員、田中昇は4月のある日、まほろし駅に降りて駅員からそう聞かれた。同い年の花代と結婚して4人の男児の父となったが、子どもたちがわんぱくすぎて家はいつも騒然、会社ではルーティンの仕事を消化するばかり。高校の同窓会で再会した岩崎すみれから「好きだった」と言われた田中は、まほろし駅で強く願い、高校時代に戻ってすみれに告白するが……(第一話 もしもあの時、告白をしていたら)。

大学に合格した妹に「おめでとう」と言えなかった奈央子、SNSでの発言が炎上して身を隠し、夢を叶えてミュージシャンになったことを後悔する真山、闘病する母に付き添い、「もしもあの時、病院に連れて行っていたら」と悔やむ凛ら、後悔を抱える人々が「人生の分岐点」に戻る5話を収める。2021年刊の『さよならの向う側』がテレビドラマ化されるなど、注目を集める著者によるファンタジー小説。過去は変えられないが、後悔があっても人は明日へと踏み出せる。読者を勇気づける物語だ。

清浄島』 河﨑秋子:著/双葉社:刊/1,980円(税込)

昭和29(1954)年、北海道立衛生研究所の研究員、土橋義明は、北海道北部の日本海に浮かぶ島、礼文島に到着した。前年の調査で島内のネコの腸内から寄生虫エキノコックスの一部が発見され、感染経路の調査と予防啓発のため、派遣研究員として礼文島に来たのだ。

寄生虫病のエキノコックス症は、寄生虫の卵が体内に入ってから10年以上経って発症し、肝臓肥大、肝硬変、黄疸などをもたらす。ネズミはエキノコックスが取りつく代表的な中間宿主で、イヌ、ネコ、キツネなどの終宿主の腸内で成虫になる。なんらかの経緯で卵を摂取してしまった場合、人間も中間宿主となってエキノコックス症を発症する。本来は人間が発症するはずのなかった病気を、どうにかしたい。村役場の山田や漁師、医師ら、島の人々と知り合いながら土橋は一人で調査を進め、上司の小山内らの調査団も来島し、礼文島における感染源と終宿主を突き止める。徹底した対策をとり、流行の拡大を防ぐため、辛い決断を迫られる――。

「なんでだ、どうしてだ、って憤りながら、より良い方法を知恵振り絞って考えなきゃいけないんです。我々研究者は特に」。若き研究者が未知の感染症に挑む。直木賞候補作『締め殺しの樹』の著者による最新長編。

ちとせ』 高野知宙:著/祥伝社:刊/1,760円(税込)

明治初期、博覧会の開催で京は活気づいている。政争や鳥羽・伏見の戦いの舞台となって殺伐としていた雰囲気は薄らぎ、俥屋の跡取り息子で16歳の藤之助は、新しい時代の到来を感じている。

人波に流されるまま歩く藤之助は、鴨川の河原で三味線を弾く少女と出会う。丹後の生まれで3ヵ月前に京に来たという少女は、「私はちとせ」と明るく名乗った。14歳のちとせは天然痘に罹って回復したが、病の痕が残り、失明の不安を抱える。将来の生計になる三味線を習わせようと、母に連れられて京に来て、師匠のお菊と暮らし始めた。お菊も藤之助も、京の市井の人々は血なまぐさい政争を目撃し、やすやすと語れない悲しみを抱いている。

〈古いものは、古さに埋もれているのではない。新しさを生み出す存在なのだ。この舞台にも、祭りにも、そしてこの京にも、さらには徳川の世から明治へと時代を跨いで生きる人たち全てに当てはまることだろう〉。好きな三味線の稽古に打ち込むちとせをはじめ、人々の心情と人間模様を繊細な筆致で描いている。2005年生まれの著者は、神奈川県出身。2022年に「闇に浮かぶ浄土」で第3回京都文学賞中高生部門の最優秀賞を受賞。大幅に加筆し、『ちとせ』と改題した本作でデビューした。

(C・A)

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