Web版 有鄰 第593号 辻堂ゆめと『二人目の私が夜歩く』

第593号に含まれる記事 2024/7/10発行

辻堂ゆめと『二人目の私が夜歩く』 – 人と作品

夜は人の本質が見える。
「昼」と「夜」を通して織りなされる、ミステリアスな長編小説

辻堂ゆめ辻堂ゆめ
(撮影/宇佐美 月子)

不思議な縁で、一つの身体を共有する二人

昼と夜。対照的な時間を通して織りなされる、ミステリアスな長編小説である。

「主人公の茜が、ボランティアで寝たきりの患者を訪ねる場面は、私が高校生のときに経験したことなんです。そのときの記憶と、その女性にもう一回お会いしたかった後悔が私の中にあって、いつかあの経験をもとに小説を描けたらと、ずいぶん前から構想していました。どういう状況なら、もっと交流を深められたんだろうと突き詰めていった先に、まず茜と咲子の昼の物語が、それから夜の物語が生まれてきました」

高校3年生の鈴木茜は、ボランティアをしている重美さんに誘われて、厚浦咲子と出会う。29歳の咲子は頸椎損傷の大怪我で首から下が麻痺し、自宅で寝たきりの状態で暮らしていた。にこやかな咲子に魅了された茜は、明日もここに来たいと思う。

「小説の後半は想像力によりますが、前半の咲子さんはモデルにした女性のことをずっと考えながら、訪ねたときの印象と同じように描きました。一回会ったぐらいではその人を理解できないはずなのに、喜んでもらえたからまた会いたいと思った私は、偽善的ではなかったかという自問自答がありました。表面的な情報の先にある人間の姿をしっかり描きたいと、夜の物語を考えていきました」

両親を亡くした10年前の事故以来、茜は夜を怖れて、寝つきが悪い。ぐったりと眠る夜に、咲子が茜の身体を共有する現象が起きていることに気づく。“夜の散歩”を助けることにした茜は、咲子の人生を少しずつ知っていく。

「事故に遭う前の咲子には、健常者と変わらない生活があったことを茜に知ってほしかったし、その頃に関わっていたのはどんな人だったのかを考えて、咲子の高校時代の友人を登場させました。交流が深まり、真実が見えたようでいて、一線を引かれていた構図にしたかったんです。咲子も友人たちも、他者に対して心を閉ざし、警戒するからこそ、事実でも少し汚いところは隠したりする。バリアの張り方は相手や状況によって変わるので、人の姿の揺らぎを描きたいと思いました。真相の解明と並行して、二人が関係を深めていく課程を描けたらと意図しました」

本当の真実が、やがてあざやかに浮かび上がる。

「どうしてこんな夢を見たんだろう、夜って不思議な時間だなと、夢や脳の働きについては昔から興味がありました。自分はこうしたいと思っても、特に子供の頃は制限がかかるもので、成人して大事な選択を自分で決められるようになったことは、私には大きな喜びだったんです。もしこの先、選択を制限されるようなことがあったら怖いと思います。自分で決められない状況になったとき、こうしたいという意志を少しでもにじませることができるのは、人間にとって救いや希望になるんじゃないか。そんな私の考えが、今回の物語にも反映されていると思います」

驚きと人間ドラマ、両方を備えた作品を書きたい

1992年、神奈川県生まれ。東京大学卒。2015年、第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、『いなくなった私へ』でデビュー。22年、『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。

「わりと手当たり次第に本をずっと読んでいて、本が好きだから私も書いてみたいという感情は幼稚園の頃に芽生え、本格的に書き始めたのは中学に入ってからでした。アメリカで暮らし、日本の高校に編入するため一時帰国した帰りに、成田空港の書店で手に取った湊かなえさんの『告白』に衝撃を受けて、ミステリーを軸にした作品を書こうと思うようになりました。大学在学中にデビューして青春ミステリーと言われることが多かったんですが、社会人になり、自分の年代や経験と離れたテーマを没頭して書きたいと思った段階がありまして、先生を主人公にした『あの日の交換日記』、過去の日本を舞台にした『十の輪をくぐる』などを書いて、変化の途中だと思います。

ミステリーの面白さは、やっぱり意外性ですね。価値観がひっくり返されたり、先入観に気づかされたり、感情的な振れ幅を生むことができるミステリーの構造にとても魅力を感じています。ミステリーの驚きと気づき、人間ドラマと背景の社会問題、両方の要素を備えた小説が書きたい作品です。ミステリーでもなければ非ミステリーでもない、境界線上に立って書いていくと思います」

(青木千恵)

『二人目の私が夜歩く』書影

『二人目の私が夜歩く』
辻堂ゆめ/中央公論新社/1,870円(税込)

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