Web版 有鄰 第593号 『春のとなり』高瀬乃一 ほか - 有鄰らいぶらりい
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『春のとなり』
江戸時代中期、深川堀川町の店舗兼住宅に「丸散丹膏生薬」の小さな看板を出し、薬の小商いをする奈緒は、義父の長浜文二郎とともに信州から江戸に来た。文二郎は米坂藩で侍医を務めていた医者で、非業の死を遂げた息子、宗十郎の仇を討つため、嫁の奈緒と江戸にいる。いつのまにか医術の腕前が知られて、貧しくて医者にかかれない病人やけが人が次々訪れる。
文二郎が考案した薬はいくつもあり、胸焼けに効く丸薬「里ういん丸」は、大店から取引を持ちかけられるほどの売れ筋だ。視力をなくした文二郎を補佐し、生薬の買いつけや売薬作りに勤しむ奈緒だが、目立つ動きはできないため生活はつましい。足にけがをした川並鳶の友蔵を治療し、芸者の捨て丸から惚れ薬の調合を頼まれる。腹痛を繰り返す男児の様子に、文二郎は宗十郎の幼い頃を思い出す。そんなある日、奈緒は幼なじみの米坂藩下士、坪井平八郎と再会する――。
義父の「目」となって江戸で暮らしはじめた奈緒は、市井の人々の悲喜や夫の死の真相を知っていく。2020年、「をりをり よみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。22年刊行のデビュー作『貸本屋おせん』で、第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞した新鋭による、長編時代小説。
『魔女の後悔』
猛暑の8月、いつもより早くスポーツジムで汗を流してきた水原は、京都の浄景尼から連絡を受け、13歳の本田由乃を鞍馬に連れてきてほしいと頼まれる。母親の雪乃が末期がんで入院しているため、由乃は夏休みに一人で父親の墓参りに行くという。初めて会った由乃は、セーラー服を着て小さなリュックを背負っていた。それまで他人に同情することなどなかった水原は、リュックを見たとたんに動揺してしまう。
月曜日、水原は相棒の星川とともに由乃に付き添い、京都に向かうが、新幹線が停車してしまう。新横浜で乗り換えようとして何者かに追われ、車で京都に向かう。道すがら事情を調べると、5年前に死亡した由乃の父、本田陽一は、韓国で巨額詐欺事件を起こして逃亡した人物で、詐欺で集めた2兆ウォンの大半は所在不明という。2兆ウォンの相続者となり、複数の勢力に追われる由乃を警護し、京都に送り届けた水原は、由乃との思わぬつながりを突きつけられる――。
裏社会のコンサルタントを営み、男の人間性を一瞬で見抜く能力を持つ女性、水原が活躍する《魔女》シリーズの、9年ぶりの最新作。不測の事態に遭遇した水原の心理の動きと、彼女なりの選択を描く長編サスペンス。手練の筆致に引き込まれる。
『万両役者の扇』
装いの指南書『都風俗化粧伝』を読み込むお春は、役者の今村扇五郎のことが好きでたまらない。〈女房になる定め〉と信じて稽古事に力を入れ、化粧の腕を磨くが、扇五郎にはすでにお栄という女房がいる。そこでお栄に近づいて……(役者女房の紅)
芝居とともに観客が楽しむ料理の工夫が繰り広げられる中、人気役者、扇五郎をめぐる噂に乗って、菓子売りの茂吉は犬饅頭を考案する。予想外の売れ行きに驚いていたある日、当の扇五郎に呼び出されて……(犬饅頭)
舞台衣裳の仕立て師として働くお辰は、“扇の兄ぃ”の意を汲んで毎日注文をつけに来る若手役者、門田市之助と親しくなる。空回りする者同士、市之助に仕立てを申し出たが……(凡凡衣裳)
そして、芝居小屋に立つ扇五郎に向けて上がった、「人殺しぃ」の一言。若手役者の他殺体が見つかり、下手人として疑いの目を向けられた扇五郎は――。芸を追求し、あれやこれやの噂が絶えない役者の扇五郎に、人々が翻弄されていく。芸のためならどこまでが許されるのか? 2020年、『化け者心中』で第11回小説野性時代新人賞を受賞し、デビュー。22年刊『おんなの女房』で第44回吉川英治文学新人賞を受賞した著者が、芝居の虚実をあざやかに描いた時代小説。
『鳥と港』
大学院に進んで身体表現を研究し、実家から通えるグループ企業に入社した春指みなとは、職場になじめず9ヵ月で退社した。現実に打ちのめされていた2月、みふね公園で郵便箱を拾い、一通の手紙を見つける。〈これで知らない誰かから返事がきたらおもしろいな〉と記していた「あすか」さんに返事を書いて入れ、公園の郵便箱を介する文通が始まった。
しばらくして公園で出会ったあすかは、同年代でも女性でもない、年下の男子高校生、森本飛鳥だった。〈俺ら高校生も、社会に出たらってさんざん言われるけど、出た先がそれじゃ、絶望しかなくね?〉と、飛鳥はみなとにまっすぐな目を向けてくる。〈ないなら、つくっちゃえばいいんですよ、仕事〉。互いをつないだ文通を仕事にしようと、みなとは飛鳥と文通屋の起業に挑戦する――。
「はたらく人生」の始まりでつまづき、無職になったみなとと、不登校の高校2年生、飛鳥。規定の路線とそりが合わない二人が始めた、スローなビジネスの行方は? 2017年、「ままならないきみに」でコバルト短編小説新人賞を受賞。21年刊の『ブラザーズ・ブラジャー』で本格デビューした著者が、これからの働き方とコミュニケーションを描く。温かい読み心地の長編小説。
(C・A)
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