Web版 有鄰 第594号 面倒だから読書はいい /岩井圭也 - 海辺の創造力

第594号に含まれる記事 2024/9/10発行

面倒だから読書はいい – 海辺の創造力

岩井圭也

みなさん、本、読んでますか?

この『有鄰』を読んでくださっているみなさんにとっては、きっと読書は身近なものだと思います。ただ、デジタルデバイスを通じていくらでもエンターテインメントを楽しむことができる昨今。YouTubeにSNS、マンガアプリにスマホゲーム……退屈をやっつけるためのアイテムは、数え上げればきりがないほどです。

そんな時代ですが、私は本と読書が持つポテンシャルを、いまだにしつこく信じています。小説家という稼業であることも理由の一つですが、それだけが動機ではありません。私自身、小説を読むことが好きで、幾度も本に救われてきたからです。

小学生の頃は雑誌『小学三年生』で連載されていた読み物に夢中になり、中学生になれば東海林さだおさんのエッセイに没頭しました。高校生時代には金城一紀さんの『GO』に熱くなり、大学に通っている時期は町田康さんや舞城王太郎さんの純文学に衝撃を受けました。私の人生のかたわらには常に本があり、これからもそれは変わらないと思います。

本を次代につなぎたい。読書の楽しさをもっとたくさんの人に知ってほしい。そう考えているのは、私ひとりではありません。

私は現在、一般社団法人ホンミライの理事を務めています。設立を呼びかけたのは、代表理事である直木賞作家の今村翔吾さんです。今村さんとはデビュー以来付き合いがあり、志を同じくする盟友です。

ホンミライは、「人と本を、人と言葉を、未来に繋ぐ活動」を事業目的として設立されました。ひとりでも多くの人に、本への興味を持ってもらいたい。本を通じて、地域発展に貢献したい。言葉の大切さを知ってもらいたい。そんな思いに共感した作家やアナウンサーが、理事として名をつらねています。

現在主に進めているのは、学校などでの講演・セミナーです。読むこと・書くことの楽しみや言葉の大事さについて、少しでもお伝えできれば、と思い活動を展開しています。

ただし、読書というのは「面倒」で「時間がかかる」行為です。文字を目で追うのは集中力を要しますし、1冊の本を読み終わるには数時間かかるのがザラです。スマートフォンでショート動画を眺めているほうが、よっぽど「ラク」で「手軽」です。仕事や学業で疲れ果てた人にとって、読書は重く堅苦しいものに見えるかもしれません。

しかし、だからこそ、読書はいいのです。

読書は知識を得たり楽しんだりするだけではなく(もちろんそれらも重要ですが)、自分自身と対話するきっかけになるのです。じっくりと本の内容を咀嚼することで、私たちは知らず知らず、自分の人生を振り返ります。

――この本に書いてあることは、幼少期の体験と似ている。

――あの人のあの言動には、こういう意味があったのか。

――久しぶりに、あの人と連絡をとってみようかな。

こうした感慨は、「ラク」で「手軽」な娯楽からは得られにくいものです。目にも止まらない速さで流れていくエンターテインメントは、人生を味わう余白を与えてくれません。手間がかかることは、見方を変えればすばらしい美点となるのです。

読書は「面倒」で「時間がかかる」。だからこそ、猛スピードで走る人々の足を止める力がある。私はそう信じています。

(作家)

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