Web版 有鄰 第594号 高野史緒と『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』

第594号に含まれる記事 2024/9/10発行

高野史緒と『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 – 人と作品

書きたくなる、読みたくなる、のは、なぜ?
今とは違う日本を舞台に、本を愛する人たちを描いた5つの物語

高野史緒高野史緒

書くのも読むのも人間の業

作家、翻訳者、評論家、詩人、蔵書家を主人公にした、本にまつわる5つの物語を編んだ連作短編集である。

「2014、16年に両親が続いて亡くなり、自分自身や来し方、故郷や親に対する距離感が変わった感じがしたんです。自分から遠い世界をずっとテーマにしてきましたが、周囲との距離感が変わると近い世界が書けるようになり、その1作目が『ハンノキのある島で』でした。16年秋、江戸川乱歩の国際シンポジウムでパリにいたとき、天から降ってきたように突然思いついた短編です。そこから連作して、5、6編で1冊にするつもりでいました」

本書の1編目に収められた「ハンノキ~」は「小説現代」2017年4月号、5編目の「本の泉 泉の本」は「SFマガジン」2020年2月号に掲載され、2~4編目の「バベルより遠く離れて」「木曜日のルリユール」「詩人になれますように」は、書き下ろしだ。ダブルクリップのエピソードで5編を挟む、しゃれた構成でまとめられている。現実と少し違う日本を舞台にしており、「ハンノキ~」の主人公・久子は、新刊の寿命が定められた世界で、作家として生きている。

「自分の本がなくなっていく世界のどこかに、本でできた島がある、というストーリーを思いついて『ハンノキ~』を書き、それより前であろう時空の古書収集を『本の泉~』で書いて単行本で5編目に置き、1冊の中で世界がぐるっと回っているような構成にしました。ハンノキ、本の泉の次に書いたのは『詩人に~』でした。それでも生きて書いたら少し前に進めるのだから、死んでほしくない、悩んでも踏みとどまってほしい気持ちが強くありました。『バベル~』は言語の壁を創造的に越えていく、翻訳者への尊敬の念で書きました。難しいのになぜ翻訳をするのかというと、外国の文学を私たちが読みたいからで、本を書くのも読むのも人間の業なんだなって思います」

主人公たちは悩ましい日々を過ごしている。現在と違う日本を舞台にしながら、身近でリアルな物語だ。

「少しずらす、何かがあった未来という舞台設定なら古びないですから、現在に縛られずに描けるSFって便利なんです。今回はなんとなくアンニュイな感じの、生き生きとはしていない世界で、文学をやめられない人たちを描きました。たぶん本は、当初からしんどい存在なんだと思います。昔は手書きで一文字ずつ写し、グーテンベルクの発明で大量に印刷できるようになると商売の問題が現れ、禁書も起こる。それでも人間は物語に惹かれ、書きたくなるし、読んでしまうし、業だなと思います。本を愛した方々に対するレクイエムも込めました。本に関わる限り楽な場所はない。けれど、どういう形ででも、本はディストピアを生き延びていってほしいと思って書きました」

想像が広がり、形にしたくなる

1966年、茨城県生まれ。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。95年、第6回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作の『ムジカ・マキーナ』で作家デビュー。2012年、『カラマーゾフの妹』で第58回江戸川乱歩賞を受賞。

「子供の頃、友達のお母さんが薬局の奥に作っていた子供文庫に通って、星新一さんの作品に出会いました。懐かしい本屋さんを『ハンノキ~』に登場させましたが、書店は雑多に置かれた、いろんな本と出会える場所でした。中学生だった昭和の終わり頃は、千円で文庫本が3冊買えたんです。“千円縛り”でどうしても欲しいものともう1冊を選ぶと200円くらい余るから、トルストイやドストエフスキーの本も買ってみる。ドストエフスキーで最初に買ったのは『賭博者』で、すごく面白かった。高校時代は文芸部に入り、これからどんな職業に就いたとしても、書くことはしているだろうなと思っていました。本を読むと妄想が広がって、想像を形にしたくなるんです」

昨年刊行の『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』は「SFが読みたい!2024年版」国内篇第1位に選出され、第55回星雲賞【日本長編部門】を受賞した。

「私は自分の作品の奴隷だとよく話していますが、まず作品が自分の中にあって、お仕えして形にしていく感じなんです。書きたいことはいろいろあって、でも私は作品様にお仕えする奴隷なので、どれを先に書くかは作品様の命令通りで、まだわからないところがあります」

(青木千恵)

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