Web版 有鄰 第594号 『定食屋「雑」』原田ひ香 ほか - 有鄰らいぶらりい

第594号に含まれる記事 2024/9/10発行

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『定食屋「雑」』

朝ご飯、お弁当、夜ご飯を作り、多忙な夫、健太郎を手料理で支えていた沙也加だったが、健太郎が離婚届を置いて出て行ってしまった。他に女がいるのだろうか? 健太郎がよく立ち寄っていた定食屋「雑」に向かった沙也加は、70代の女店主「ぞうさん」と出会う。名前のように接客も調理も雑な店の、何が夫を惹きつけたのだろう。別居で生活が苦しくなっていた沙也加は、偵察を兼ねて「雑」でアルバイトを始める。

肉じゃが、里芋の煮っ転がし、ほうれん草のゴマよごし……。定食屋「雑」の料理のほとんどは、ぞうさんが「醤油」と呼ぶすき焼きのたれで味付けされていた。ぞうさんはめんつゆや普通の醤油もすべて「醤油」と言い、どの料理にどの醤油が使われているのかを覚えて沙也加は店を手伝い、常連客と知り合っていく。ぞうさんや店の歴史が少しずつ明らかになる中、健太郎との離婚話が進み、沙也加は決断を迫られる。

先代から引き継いで定食屋を切り盛りし、独身を貫いてきた70代のぞうさんと、模範的な主婦だったのに、離婚を切り出された30代の沙也加。食とともに移り変わる時間と人間模様を、あざやかに描く。ベストセラー『三千円の使いかた』などで知られる著者による、気持ちが温かくなる物語である。

『定食屋「雑」』
原田ひ香:著/双葉社:刊/1,760円(税込)

『わたしの知る花』

イケメンの貴博に告白され、付き合い始めた高校1年生の安珠は、見た目や噂で判断しては人を見下す貴博の浅さに辟易し、別れることにした。直接の原因は、公園にいたおじいさんを貴博があざけったからだった。4ヵ月ほど前に菜々吾市に現れたおじいさんは、いつも画板を下げているため『絵描きジジイ』『スケッチじいちゃん』などと呼ばれている。安珠が公園で目にしたおじいさんの胸元のノートには、たくさんの文章と絵が描かれていた。

おじいさんの名は葛城平と言い、安珠の祖母で理髪店を営む悦子の昔馴染だった。悦子ら昔馴染のいる菜々吾市に戻ってきたというのに、なぜ誰もが口を噤み、平も町の人と関わろうとしないのか? 貴博につきまとわれ、親友の奏斗ともうまくいかなくなった安珠は、平の死を知る。若い頃はヒモだった、犯罪者だった、と町で噂されていた平について調べ始める。

2021年本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』など、話題作を次々発表している著者の、書き下ろし長編小説。視点を巧みに切り替えながら、孤独な境遇で亡くなった老人、平の足跡をたどる。人々の秘めた思いや、老人が探し続けた花の行方に胸打たれる。人と社会に対する著者の眼差しが魅力的な、優れた長編小説だ。

『わたしの知る花』
町田そのこ:著/中央公論新社:刊/1,870円(税込)

『銀河の図書室』

第一志望の高校に落ち、県立野亜高校に入学した僕(高田千樫)は、挫折感から部活に入るつもりはなかった。それなのに宮沢賢治とその作品を研究する同好会「イーハトー部」に入ったのは、会の発起人で1年上の風見昂祐と出会ったから。2年生になった僕は、同学年の石舘恭平(キョンヘ)とともに新入生を勧誘し、新1年生の増子耶寿子(マスヤス)をイーハトー部に迎える。これで僕とキョンヘ、マスヤス、風見先輩の4人のはずだが、《ほんとうの幸いは、遠い》という謎の言葉を残し、先輩は昨秋から不登校を続けていた。

風見先輩の復帰を待ちつつ、僕は文化祭のビブリオバトルで『銀河鉄道の夜』を紹介する。ところが、入試の日のように失敗してしまい、場を取り持ったマスヤスが目をつけられて、軽音部に取られそうになる。さらにキョンヘが部活をしばらく休みたいと言い出した。一人残されて焦る僕は、宮沢賢治の作品をひもとき、風見先輩が学校に来なくなった謎を追う。

新1年生を迎える春から3年生を送り出す冬へ。本を多彩に交えながら、多感な高校生たちの1年を描く。『図書室のはこぶね』(22年)と同じ野亜高校を舞台に、宮沢賢治の言葉と高校生たちが分かちがたく共鳴していく、読み応えのある青春小説。

『銀河の図書室』
名取佐和子:著/実業之日本社:刊/1,870円(税込)

『難問の多い料理店』

その店のオーナーは、白いコック帽に白いコック服、紺のチノパンという出で立ちである。すべてを見透かすような無感情な瞳が異彩を放つ美青年が、東京・六本木の雑居ビルで店を営む。そこは客席を持たず、デリバリーのみで料理を提供する“ゴーストレストラン”で、独自の手法による探偵業も営んでいるらしい。出入りする配達員たちは料理以外のものも運ぶ。通常の配達に比べて報酬がいいため、ついつい配達を引き受けてしまうが――。

全焼したアパートから女子大生の焼死体が見つかり、事故か事件かの真相を追う「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」、事故死した夫の指が事故前から2本なかったと知った妻の依頼で、欠損の理由を探る「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」、空き巣未遂から世情に迫る「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」など、6編を収める。さまざまな境遇、年代の配達員が街を駆けて「ネタ」を運び、謎めいたオーナーが依頼人の難問を華麗に解き明かす。

著者は1991年、神奈川県生まれ。『#真相をお話しします』(22年)が2023年本屋大賞にノミネートされた著者による、新たな趣向の本格ミステリー。謎が解かれていく中に、人間の怖さとドラマがある。

『難問の多い料理店』
結城真一郎:著/集英社:刊/1,870円(税込)

(C・A)

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