Web版 有鄰 第595号 人との「縁」、人の「熱」――私の書店経営 /今村翔吾
第595号に含まれる記事 2024/11/10発行
人との「縁」、人の「熱」――私の書店経営
今村翔吾
作家が書店を経営する
書店経営を始めて約3年。大阪府箕面市にある『きのしたブックセンター』を事業承継したことで始まった。
――何故、作家が書店を経営するのか。
その間、この質問を幾度もされてきた。改めてまずここから話そうと思う。
切っ掛けはひょんなことであった。M&Aの仲介を行っていた同級生と食事をしている時のことである。
「書店の案件あるんやけど、お前やらん? 作家やし」
同級生は唐突に切り出したのである。確かに同じ『出版業界』の括りではあるものの、私の第一声は、
「作家と書店は全然ちゃうやろう」
と、いうものであった。
「詳しくはないの?」
尋ねられて、私ははっとした。一応、出版界の構造の知識はある。私も含めて作家はよく、
――書店さんは大変やから。
などと口にする。しかし、何が大変かと訊かれれば、幾つかの答えで詰まってしまう。本当に何が大変なのか答えられないのに、軽々しく言ってしまっているのではないかと思ったのだ。
そこが廃業してしまえば、駅から徒歩で行ける書店は無くなるということ。知るための第一歩として、現状を見る必要があるのではないか。そう思うに至って現地に足を運んだ。これが2021年の5月のことだった。
まずの感想は寂しげというのが適当だろう。規模としてはいわゆる「町の書店」で、店頭に並ぶ本の数も少ない。その日が雨だったということもあり、客足もかなり疎らであった。
小学校1年生くらいの女の子がいた。黄色い長靴だったのを覚えている。祖母と思しき女性と共に、これはどうだ、こっちがいいと、絵本を選んでいた。この時、私の脳裡に蘇ったのは、かつて祖父と書店に行った思い出であった。
私の家は特別貧しいという訳でもなく、かといって裕福という訳でもない。玩具やお菓子を買って貰えなかった訳でもないが、無尽蔵に与えられるということもない。誕生日やクリスマスなどでプレゼントを貰う。よくある家庭ではないだろうか。
しかし、本だけは望んだものを、ほぼ買って貰えたと思う。特に祖父は本を買いたいと言えばお金をくれたり、一緒に書店に行って沢山買ってくれたりした。
書店であれもこれもとせがむ私、それを嬉しそうにしている祖父、その時のことがまざまざと思い出された。その祖父は2006年に他界しており、その時点でもすでに15年の歳月が流れていた。しかし、その書店に行けば未だに、
――この棚で、おじいちゃんと本を選んだな。
と、決まって思い出す。
この書店が無くなってしまえば、この少女の祖母との思い出までなくなるのかもしれない。そこまで考えた時、私に出来るならばやってみたいという気になった。
書店を引き継ぐこと
ここまでがインタビューでよく話す内容だ。仮に話したとしても誌面に限りがあることや、「書店を引き継ぐ」という美談っぽいところを前面に出したいのか、あまり採用されることはない。この後、引き継いで大団円――。と、思っている方が多いが、本当に大変なのはここからだった。そりゃそうだ。まだ何も始まってすらいないのだ。
まず企業に対して事業や経営の実態を事前に把握する調査、いわゆるDD(デューデリジェンス) を行った。作家は数字を見るのが苦手で、経営の知識が無い人が多いように思われる方も多いだろう。実際はどうか判らないが、確かに私の周りの作家はその傾向が強いのは確か。私は家が事業をしていたこともあり、多少だがその辺りの知識があった。私は財務諸表を見て、
「これは……きつい」
と、溜息を零した。現状でも10段階でいうと8くらいきつい。顧問税理士にも相談したが、これは厳しいですねという答えが返って来ていた。
当時、私は正社員の秘書、パートアルバイトの事務員の二人を雇用していた。今のままのほうが会社の経営状態は良い。書店を引き継ぐのはむしろリスクである。
やりたいのは山々であるが、彼女たちの雇用を守ることを考えれば、書店を引き継ぐのはむしろリスクになる。私はやめるべきだと判断し、秘書にその旨を伝えた。すると秘書は、
「資料を一晩借りていい?」
と、私に尋ねた。私は戸惑いつつも許可した。翌日、彼女は再度、穴があくほど資料と睨み合い、ここはもう少し経費を削れそうだとか、ここの改善で売上が立つのではないかと、様々な提言をした後、
「やりたいねんやろ」
と、ぽつりと結んだ。口調からなかなか馴れ馴れしい秘書のように思われた方もいるだろう。人前ではそれらしくしているが、二人の時は今もこのような感じで、それは今現在も変わらない。
秘書は私のダンスの元教え子で、彼女が小学校4年生の時からの付き合いなのである。私が何故やめようとしたのか、本当はやりたいと思っていることを解っていたのだろう。
書店の引き継ぎ作業が始まった。当然、私も行うのだが、同時に作家業もしなければならない。実務は当時21歳の彼女がほとんど行った。
早速、知らないことが出て来る。それも山ほど。専門家に尋ねて私と彼女とで勉強する。リニューアルオープンの一月ほど前からは現地に泊まり込む。トラブルが生じたことで、最後の数日は夜を徹して作業も行った。そして、何とか当日を迎えることが出来たのである。手前みそではあるが、私の場合、彼女がいなければ絶対に成し得なかった。
私は何を言いたいのか。書店の減少が叫ばれる。読書離れが、利益率が、物流が、紙代の高騰が取り沙汰される。が、最も大切なのは人である。人との「縁」であり、人の「熱」であると。青臭いかもしれないが、これが無ければ何も始まらないのである。
現在、出版界はこの熱を急速に失いつつあるように思える。厳密にいえば、未だに熱を持っている人はいるのだが、心が折れかかっているように思える。これほどまでに暗いニュースが続くのだから無理もないことである。
戦略、戦術、当然必要だ。ビジネスである限り数字からは逃げられない。しかし、熱を失ってしまった時、本当にこの業界は滅びの一途を辿ってしまう気がする。
その後、私が書店経営者としてどのような道を歩いているか。簡単に綴る。
書店経営者として
2021年、『今村翔吾のまつり旅』と称して、118泊119日掛けて全国47都道府県、約280カ所の書店を回り、トークショー、サイン会を行った。直木賞受賞後の感謝を伝える旅というのは間違いないが、書店経営者として他の書店さんの取り組みや、現状を見てみたいという想いもあった。
2023年、私にとっても縁のある佐賀県で、駅の書店が水害を機に撤退を余儀なくされたと聞く。何とか出来ないかと『佐賀之書店』として復活させた。店長は以前より知ってはいたが、先述したまつり旅の時に初めて逢った方。これも人の「縁」である。
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- 神保町のシェア型書店「ほんまる」の店内
2024年、書店の利益構造の改革に、シェア型書店がよいかもしれないと考え、自分でもまずやってみようと試みる。日本全国に広げられるように、世界規模で活躍する方の力を借りたいという一念で、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏に手紙を書いて直訴して参画して頂き、神保町にシェア型書店「ほんまる」をオープンさせた。後に聞いたことだが、可士和氏は超多忙の中、引き受けようと思って下さったのは、私の認めた13枚の手紙から「熱」を感じてくれたからだという。
やりたいから、諦めない
――ようやるわ。
と、言われる。言われずとも思われているだろう。それは決して好意的なものだけではなく、呆れている人もおられるのではないか。
新聞や週刊誌の連載、TV、ラジオ、講演、そして、これらの活動。
何故、出来るのか。何故、やるのか。この二つを語って終わりとしたい。
前者に関しては簡単。私の力ではない。私の事務所のスタッフの力である。作家でなく経営者としていうならば、弊社の社員が素晴らしい力を発揮してくれているから。先述の彼女は「作家今村翔吾」に対しては現在も秘書をしてくれているが、会社としては取締役の立場で書店業務を纏めてくれている。15人の社員、40人のアルバイトスタッフ、皆の力で成り立たせてくれている。謙遜ではない。一人の力など高が知れている。社長今村翔吾は経営の最終判断、資金繰り、広告塔としての営業が担当といったところだ。
何故、やるのか。これはそう決めたからとしか言いようがない。そうだ。あの日、言われた通り。私は「やりたい」のだ。私が大好きな本を守りたい、その業界の力になりたい。
馬鹿のような単純な理由である。やはり青臭すぎる理由だ。しかし、今の出版業界には、少年漫画の主人公のような奴も一人くらい必要だと思ったからである。
これからも暗いニュースはきっと続くだろう。いや、出版業界はここから5年が正念場である。少年漫画で言えば、ついに魔王が姿を見せることになる。私も倒れることがあるかもしれない。そのような時でも、
「俺は諦めねえ」
と、立ち上がる。自分の人生の主人公でありたいと思っている。
そして、私がいつか死んだ時、
「今村翔吾がいたのと、いないのでは、少し未来が変わったかもね」
と、言われたら本望である。
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