Web版 有鄰 第595号 山田宗樹と『鑑定』
第595号に含まれる記事 2024/11/10発行
山田宗樹と『鑑定』 – 人と作品
犯罪者が口々に言う、〈夢の国〉とは?
人の心の奥底に迫る、長編エンターテインメント小説
山田宗樹
“精神寄生体”がキーワード
人の心の奥底に潜む「何か」に迫る、長編エンターテインメント小説である。
「長編を書くときはキーワードから始めることが多くて、今回は『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』を再読する中で目にした“精神寄生体”という言葉でした。思想、宗教、イデオロギーなどの時代ごとの価値観や文化を、まるで意思を持った病原体のように捉える考え方が新鮮で、目にした瞬間、いろんな想像が広がる感覚があったんです。この言葉には何かあるんだろう、小説にしてみたいと。前作を書き終えたあと、ずっと温めていたこの言葉を引っ張り出して、何か精神に取りついたものが、病原体のように人を操りながら広がっていく、そんなイメージで構想していきました」
市長選挙の投票日に、当選した候補者が襲われる事件が発生した。犯人の犬崎は精神科医の葛西幸太郎に、〈夢の国〉のためだったと犯行動機を語る。一方、20代の会社員、神谷葉柄と遠藤マヒルは、満員の通勤電車でよく乗り合わせて互いを意識する。
「犯罪者の精神鑑定をする人物として葛西が生まれ、この社会の出来事をなぞる人物として、葉柄とマヒルを造形しました。片方は憧れ、片方は少し嫌悪というちぐはぐさを出しながら最初の登場場面でキャラクターを立て、あとは流れでひたすら、いかに読者を引っ張るか。彼らがどうなっていくかは、書きながら考えていきました」
負の感情を解消し、多様な精神状態を生み出す「エモーション・コントローラー(エモコン)」。常用中の葉柄と違い、ストレスや負の感情があっても自力で頑張っていたマヒルだったが、事件に遭い、エモコンを使い始める。一方、犬崎の鑑定を進める葛西は、犯罪者たちが口々に言う〈夢の国〉についての仮説を立てる――。未知の症候群と専門家の発信などは、コロナ禍を経験した読者にとって身近に感じられる展開だ。
「この作品にとって、“コロナの時代”は切り離せないところがあると思います。相次ぐ犯罪を繋ぐ〈夢の国〉症候群が登場するが、簡単にはわからない仕組みになっています。初めに立てた仮説と一致しない事件が次々に現れてくる展開は、コロナを経験した社会だからこそ成立するんじゃないかと考えました。また、精神寄生体、エモコンという現実離れした設定の物語でも、実際にありそうな現実味を感じてもらえたら、その感覚がエンタメになるのではと思っていました。家電製品のようなものを登場させたほうがよりリアルに感じてもらえるんじゃないかと、苦肉の策で出したのがエモコンでした。物語の根本にはエモコンなどの非現実的な要素がありますから、現実に寄せつつ寄せすぎない、微妙なバランスになっています。ある人にとって〈夢の国〉でも、突き進むと悲劇にしかならない。〈夢の国〉という空虚な物語をベースに、本当の自分たちで作る物語を、というふうにしたくて、相応しい場面については決めていました」
一気読みできるエンタメを書く
1965年、愛知県生まれ。98年、『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。2003年に刊行した『嫌われ松子の一生』が、映画化、ドラマ化され話題となる。13年、『百年法』で第66回日本推理作家協会賞を受賞。
「小学生の頃に読んだ小説は坊っちゃん、ルパン、ホームズくらいで、20歳を過ぎてから少し背伸びをする感じで世界文学の古典を読み、ドストエフスキーを読み返すうちに、こういうのを書いてみたいと思ったんです。登場人物の心理を深いところまで描写して、物語世界を動かすこと自体が面白そうだな、自分もしてみたいという、割と純粋な気持ちでした」
一作一作、ゼロから小説を作り上げていく。
「一作にすべてを注ぎ込んであとは何も残らない状態ですし、あえて一つ一つ、ゼロから書いてきました。物理学や宇宙への興味が動機になることもありましたし、その時々で引っかかってくるものが全く違います。一気読みできるエンタメが目標で、ストーリーが面白くて読むうちに文字を追う感覚が消え、ただただ物語の中を進んで気がついたら読み終わっていた、そういう読書体験をしてもらえるようにと、心に留めながら書いています。せっかく虚構の世界を作るなら、現実では見ることのできない世界を体験したいと、書く側としても思っているんです」
(青木千恵)
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