Web版 有鄰 第595号 「本は港」と書店への思い /太田有紀
第595号に含まれる記事 2024/11/10発行
「本は港」と書店への思い
太田有紀
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- 2024年5月に行われた第3回「本は港」チラシ
横浜市神奈川区のブックカフェ「はるや」が12月で閉店、長崎県に移転するという。取材がきっかけで入り浸るようになり、自作のZINEまで置いてもらっていた。馴染みの書店がなくなるという出来事は、自分が立っている地面の一部が崩壊するような衝撃がある。
編集者・ライターとして活躍していた店主・小檜山想さんの選書はエッジが立っており、訪れる度に発見と癒しを得ていた。「これ面白いよ」と本を押し売りされたこともあったが(確かに面白かった)、手作りの食事がおいしく、昼間から冷たいビールが飲めるのも良かった。しかし横浜で経営を継続するには書籍の売り上げが想像以上に厳しかったのだという。
こんなにナイスな書店でも苦境に立たされるとは・・・。「書籍の利益率の低さ」「オンライン通販の拡大」など、書店の減少にまつわる報道で使い尽くされた言葉が頭に浮かぶものの、自分が何かを解決できる訳でもなく、つい「あー、いやな世の中だ」と投げやりな気分になってしまう。
契機
2023年の春から横浜の「LOCAL BOOK STORE kita.」というシェア型書店を会場に、神奈川県内のユニークな書店と出版社が集まって本を売る催し「本は港」を開催している。出店者の選定や、作家らを招いたトークイベントの内容は横浜市港北区の出版社「三輪舎」の中岡祐介さんと同区の書店「本屋・生活綴方」の鈴木雅代さんにプロデュースをお願いしており、手前味噌だが大変楽しいイベントである。書店主や編集者と話しながら本を選ぶことで知的な興味が拡張され、その後の読書体験も深まること請け合いだ。
開催のきっかけは22年、県内で小さな書店を営む人々の話を聞いた「まちを耕す本屋さん」という連載を神奈川新聞紙上で掲載したことだ。ここ数年、県内では個人経営のいわゆる「独立系書店」の開業が相次いでいる。連載では、その先駆け的存在の「ポルベニールブックストア」(鎌倉市、18年開業)や、都内から移住してきた夫婦が立ち上げたばかりの「道草書店」(真鶴町、22年開業)、そして「はるや」など12店舗を紹介した。その年の暮れ、中岡さんから「記事に登場した書店主や編集者を集めてイベントをやりましょうよ」と提案を受け、「LOCAL BOOK STORE kita.」の責任者・森川正信さんに協力を依頼するとすぐに企画がまとまった。
行列
「本は港」第1回が行われた23年5月28日は好天に恵まれた。オープン前、県内各地から集まった店主たち同士を引き合わせることができた時点で「自分の役目は終わった」と思った私は、あとは本を買って楽しめるなァ、とヘラヘラしていた。「いっちょ楽しくやりましょうや」とのんびり準備をしていると、何と開場前から入場を待つお客さんが並んでいる。「LOCAL BOOK STORE kita.」スタッフの皆さんによる誘導のおかげで事故なく案内できたものの、完全に想定外の事態だった。私は一冊も本を買う余裕がなかったが、約600人の方にイベントを楽しんでもらえた。
本もたくさん売れ、関係者一同「良いお客さんたちに恵まれて良かったね」と喜び合った。しかし出店者全員がまあまあの年齢である。夕方には明らかに疲労の色が濃くなり、最後まで元気だったのは「冒険研究所書店」(大和市)の荻田泰永さんだけだった。極地に行く冒険家はスタミナが違う。いつもお店でにこやかに対応してくださる「本屋 象の旅」(横浜市南区)の加茂和弘さんも青ざめた顔で撤収されてゆき、「今後は出店者側が消耗しないようにしなければ・・・」と柄にもなく反省した。
個性
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- 2023年11月に行われた第2回「本は港」会場
第2回以降は来場時間を予約できる前売りチケット制を導入、期間も2日間に延長したので、入場待機列は解消された。第4回は24年12月7日(土)、8日(日)に開催予定で、有隣堂が誇る個性派店舗「STORY STORY YOKOHAMA」(横浜市中区)も出店する。第3回にも出店していただいたが、アロハシャツと麦わら帽子でキメた名智理店長の趣味全開のブースは、完全に「海の家」だった。次回も濃い品揃えが期待されるのでぜひ足を運んでいただきたい。
また「本は港」で購入できるのは書籍だけではない。「泊まれる出版社」としても有名な「真鶴出版」(真鶴町)はミカンを、たい焼き屋や美容院も展開する出版社「アタシ社」(三浦市)は地元で収穫された小麦で作ったパンケーキミックスを売っていたりもする。本と土地の結びつきも感じられると思う。
覚悟
改めて新聞連載を振り返ると、それぞれの店主が語る「なぜこの町に書店を開いたのか」という物語を聞くのは心震える体験だった。経済合理性が低いことは覚悟の上で店を開いた彼らの言葉は強靭で、その全てが印象に残った。中でも若葉台団地で「BOOK STAND若葉台」(横浜市旭区)を開いた三田修平さんの「本屋は未知との接点を作る社会的機能」という理念は忘れがたい。
「リアル店舗を持った書店業が成り立つ」ということは、本を通じて多様な声に触れることでその地域の文化的成熟度が高まり、より良い社会を作るために自分の頭で考え・行動できる人が増える、ということだ。「そんなつもりじゃないよ」と書店主の皆さんからは言われるかもしれないが、「こんな世界であってほしい」「こんな人間でありたい」という哲学のもとに書店主という「生き方」を選んだ人々の姿から、一種の社会運動のような熱を感じたのは確かだ。今の世の中に対して、拳を振り上げていない人が怒っていないわけじゃないし、涙を流していない人が悲しんでいないわけじゃない。
活字を通して神奈川を良くするために今の会社で働いているので、そんな書店主たちの姿を「古き良き書店文化を維持しようとする人々の美しい物語」という形で感傷的に消費することはしたくなかった。彼らを後押しするために「本は港」を始めたのだ――。
そんな風に美しくまとめたいが、一番の動機は「自分が楽しいから」である。イベントを準備している時から「この人たちが集まるだけで、何か面白いことが起きそうだな」という気がしていたし、実際にそうだった。
魅力
個人で書店を経営するなんて、さぞ真面目で緻密な人たちなのだろうと思いきや、実はそうでもない。時に驚くような突破力を見せる、チャーミングな人々である。
印刷所だった建物を受け継ぎ、一人で室内をリノベーションしている最中に開業予定日のチラシを配った「COYAMA」(川崎市中原区)の奥真理子さん、ZINEも作ったことがない状態から出版社「風鯨社」を立ち上げ、勢い余って同級生男子を誘い「南十字」(小田原市)という本屋も作ってしまった鈴木美咲さん。「海と本」(鎌倉市)の鎌田啓佑さんが選んだ物件は長谷寺近くにある小さなビルの2階なのだが、開店当初は表に看板もなく、暗い崖のような階段を上りながら「本当にここに書店があるのだろうか・・・」と不安になった。物静かな人が垣間見せる狂気ほど魅力的なものはない。今はいずれの店も「ハイセンスな独立系書店」として各種媒体に取り上げられている。
希望
「なぜ紙の本とリアル書店が必要なのか」という問いへの絶対的な回答はまだ出ていないが、私は「人間がいて、本がある空間」で「ポジティブな驚き」に出会いたいのだと思う。いつも同じ場所で誰かが待っていてくれて「これ面白いんだよ」と本を差し出してくれることは、よく考えてみると奇跡である。
誰もが簡単に意見を表明できるSNSがあぶり出したことの一つは、人によって見ている世界がまるきり違っているということだ。人は邪悪な生き物か、それとも愛と優しさの存在か? 前提が違うことによる衝突を目にする度に、鉛を飲んだように体が重くなる。
それでも書店という空間に身を置くと、言葉を尽くして他者とのあいだに共感という橋を架けることをあきらめたくないと思う。この世界を少しはマシにしようと丁寧に言葉を紡ぎ続ける人、その思いに共感を持って本を届け続けようとする人がいることは希望の光だ。過激で強い表現が注目されがちな時代でも、それに流されず、誠実に活字の世界で頑張ってみようと思える。
最後になるが、太田がやっていることを生温かく見守ってくれている会社には感謝している。地方紙で働いているからには、地元の本屋さんたちが考えていることを読者に伝えたい。しかも神奈川には、破竹の勢いで関西にも進出する超強力プレイヤー・有隣堂がいる。逆風の中でも書店・出版業界を活性化しようとする人たちに伴走しながらそれを伝えられるなんて、最高に楽しく、幸せである。
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