Web版 有鄰 第595号 『灯』乾ルカ ほか - 有鄰らいぶらりい
第595号に含まれる記事 2024/11/10発行
有鄰らいぶらりい
『灯』
シングルマザーの母と札幌で二人暮らしの相内蒼が、『夜間街光調査官』のことを知ったのは、小学4年生の春だった。同級生の米田虎太郎が、父親が夜に、街の光を調査する仕事をしていると教えてくれたのだ。友人とレストランを始めた母がいない夜、蒼は街の灯りを数えて、自分も『夜間街光調査官』になりたいと初めて思う。
高校に進学した蒼は、小学校のクラス替えで接点がなくなり、中学は別だった米田と再会する。日中は働いて定時制に通う米田は、野球部に所属し、野球選手になる夢を追っていた。子どもの頃から誰かと一緒にいる時間が苦痛で、間近に控える宿泊研修も行きたくない蒼のほうは、進む道がわからず、起業に成功した母からH大への進学を勧められて苛立つ。いつも話しかけてくる冬子によって高2で初めて女子グループに入った蒼は、人々が織り成す灯りを見つけていく。
〈なんでこうなんだろうな、私は。なんでみんなは平気なんだろう。これはわがままなんだろうか。私が悪いのか。でも、一人になれたらようやく自分に還れる気がする〉。一人でいるのが好きで、母やクラスメイトの干渉が煩わしい。誰とも関わらずにいたい蒼の成長を描く。蒼の心情と人間模様に引き込まれ、胸打たれる青春小説である。
『バーニング・ダンサー』
知る、読む、描く、伝える、見る、戻る、引くなど、百の言葉にまつわる「コトダマ」が降り立った。コトダマに応じた異能を発揮する能力者が現れたのは、2年前の隕石の落下からである。全世界に100人のみの能力者たちは「コトダマ遣い」と呼ばれ、遣い手が死んだら、新しい誰かがコトダマに選ばれる。
1年半前、殺人事件の捜査中に『入れ替える』のコトダマを遣えるようになった永嶺スバルは、捜査一課の敏腕刑事だったが、能力のために同僚を亡くし、適応障害で休職した。そんな折、警察で出世街道をひた走り、『読む』の遣い手でもある三笠葵により、「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課(通称・SWORD)」に配属される。コトダマ遣いによる犯罪を、コトダマ遣いの調査員が捜査する専門部署だ。
『伝える』『吹く』をそれぞれ遣う双子の姉妹、『放つ』を遣う好々爺めいた警察官ら、SWORDのコトダマ遣いは7名である。早速、『燃やす』の遣い手の仕業と見られる殺人事件が発生し、永嶺は生意気な桐山とコンビを組まされ、犯人を追う。
特異な設定と、テンポのいい筆致、緻密な謎解きで読ませる警察小説。『名探偵は嘘をつかない』で2017年にデビューした、ミステリー界の気鋭による最新長編。
『海風』
嘉永6(1853)年、浦賀沖に4隻のアメリカ軍艦が現れ、司令長官のペリーが日本に開国を要求する。長崎にはロシアのプチャーチン中将が来航し、幕府は対応に苦慮することになった。黒船来航で騒然とする中、旗本の養子で小姓組番士の永井尚志は、昌平坂学問所で教授方を務める岩瀬忠震、仲間内で出世頭の堀利熈と交流し、穏やかな日々を送っていた。
老中首座、阿部正弘による人材登用で、永井、岩瀬、堀は外国との交渉を担う「海防掛」の目付となる。学問一筋だったのが打って変わり、嘉永7年、長崎への赴任を命じられた永井は、目付として外国との交渉に立ち合う怒涛の日々を過ごす。オランダ商館長、クルチウスとの間で日蘭条約が結ばれ、永井は日本初の海軍士官養成所、「海軍伝習所」の総督になり、創設と運営に尽力する。岩瀬はロシアとの交渉で頭角を現し、堀は蝦夷地で活躍するが、欧米列強との条約問題と将軍継承問題で揺れる幕府で、権力闘争が始まってしまう。
攘夷か、開国か。数百年に及んだ鎖国と幕藩体制が揺らぐ中を奔走する、幕臣たちを描いた長編歴史小説。本書に少し登場する小野友五郎を主人公にした『天を測る』で幕末を描き、新境地を開いた警察小説の名手による、幕末外交小説である。
『立秋』
祖父の代で資産を築いた地主の家に生まれ、都内にビルと土地を持つ光岡は、東京が息苦しくなると旅に出る。塩尻に住む漆工、朝比奈涼子とは10年以上前に知り合い、長いつきあいになる。青山の食器店で黒い漆器に惹かれて購入し、塩尻を訪ねて漆器の作者、涼子と出会った。
若い頃に挫折した小説を、光岡が再び書くようになったのは、涼子と知り合ってからだった。〈ひとつことに没頭する女の姿に忘れていた道を見る気がし、生きる意味を重ねた〉。小説が文芸誌に載り、数年に一度本が出る。妻の佳枝、息子の達也とはつかず離れずの関係のまま。創作の闇、涼子の明るさ、不愛想な女主人のいる近所のバーに通うことが、光岡の生活をみたすものだった。涼子は工芸展で大きな賞を、光岡は小さな文学賞を受けて、会うと安らいだ二人の時間が変わっていく。パリで二人展を開く話が涼子に持ち上がり、光岡はバーの女主人を誘ってパリに向かうが――。
〈光岡は病気のことを知らせなかったし、涼子はいちいち漆工の生活を語らなかった。そんなふうでいながら、縁の結び目だけはしっかりしているらしかった〉。漆工と小説家。創作に情熱を傾ける二人が、男女として過ごした時間の移ろいを、精緻に描いた恋愛小説。
(C・A)
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