Web版 有鄰 第596号 キャンピングカーで地元飲み /香納諒一

第596号に含まれる記事 2025/1/1発行

キャンピングカーで地元飲み

香納諒一

気ままなドライブ旅行

10年ちょっと前に犬を飼い始めてから、宿を気にせず、どこにでも泊りたいと思い、キャンピングカーで旅行するようになりました。道の駅やキャンプ場、あるいはトイレの整備された駐車場などで泊り、犬と一緒の気ままなドライブ旅行です。

私の場合、旅行といっても、観光地はほとんど回りません。東京から車で1時間から1時間半ほど走ると到着するエリアに、のんびり車中泊できる場所をいくつか見つけてあって、旅行をしたくなると自宅を夜9時頃に出発します。

首都圏の混雑が終わった高速道路を走り、深夜近くに目的地に着くと、だいたい2時間ぐらい酒盛りをして眠ってしまいます。そして、翌朝から、そこを拠点としてあちこち回ります。

地元横浜で友人たちと

こうした旅のスタイルだと、自宅を起点に考えるとかなり遠い場所でも、気楽に行けます。帰りも、混雑する時間にかかりそうな場合は、この拠点まで戻ってのんびりし、深夜や早朝の空いた時間に自宅に戻ればいいわけです。

生まれ育った横浜でも車中泊をすれば、ずいぶん自由に遊んで歩けるのではないか。そう気づいたのは、実家を貸しに出すことにして、もう泊ることができなくなってしまったからでした。

私の実家は、相鉄線の和田町駅から徒歩で2、3分の場所にあります。小中学校の友人が、今でも多く暮らしていて、時々この連中と集まっては飲みます。現在の家がある東京の目黒区まで、電車で1時間15分程度の距離なので、自宅に帰ろうと思えば帰れるのですが、飲んだあと、1時間以上電車に乗って帰るのと、近くの駐車場にキャピングカーを駐めておき、遊び終わったらそこで眠ってしまうのでは、随分心の自由度が違います。

中華料理 錦蘭

中華料理 錦蘭

和田町に帰ったときには、大概いつも、国道16号線沿いにある「錦蘭」という中華料理屋で飲みます。ここは、見事に酒が飲める「町中華」で、いつも酔客たちで賑わっています。

そのあとは、友人の妹がやっている駅前の「ムーン」というスナックに連れて行かれることが多かったですが、先日は、地元で大工をしている中学時代のクラスメートが「錦蘭」に現われ、誘われて一緒にタクシーに乗ったら、駅から非常に離れた、店など何もない住宅街の中へと走りました。仏向矢シ塚公園の近くの普通の家の一階が、玄関のドアを開けて入ったら、アラ吃驚、カラオケスナックになっていました。この大工の友人が内装を手掛けたそうで、あとでグーグルで調べたら、「Cafe kU―クウ―」という店でした。

キャンピングカーで眠った翌朝は、和田町の隣駅の上星川駅前にある「天然温泉 満天の湯」で、朝湯を浴びてから帰宅しました。ああ、面白かった……。

大岡川周辺でひとり飲み

これに味を占め、その翌週、今度は阪東橋へと繰り出しました。キャンピングカーで午後2時頃に目的地付近に着いたので、まずは根岸森林公園までちょっと足を延ばして走りました。ここは根岸の丘の地形をそのまま生かした広い公園で、今までにも何度か犬の散歩に訪れたことがあります。

旧根岸競馬場一等馬見所

旧根岸競馬場一等馬見所

しかし、今日は私ひとりです。この公園には、日本初の洋式競馬場である旧根岸競馬場の一等馬見所(観覧席の建物)が残っています。蔦に覆われた石造りの建物は、丸窓やアーチ形の模様で彩られ、3基のエレヴェーター塔がそびえ立つ様が、なんだか西洋のお城のようです。広い芝の公園を歩き回ったあと、しばらくぼんやりとこの建物を眺めて過ごしました。

さて、そのあとは、いよいよ飲み歩きのスタートです。グーグルマップとカーナビで、よさそうな駐車場を探しましたが、なかなかすぐそばに公衆トイレがある駐車場は、残念ながら阪東橋周辺では見つかりませんでした。結局、大通り公園の公衆トイレを使うことにして、そこから4、50メートル離れたコインパーキングに駐車しました。ちょっと遠いですが、車中泊では許容範囲です。

私は、角打ちが好きです。この日のテーマは、阪東橋の周辺に残る、昔ながらの角打ちを回ることでした。先に遠いほうの店から入ることにして、まずは鎌倉屋酒店と田原屋酒店に行きました。大通り公園の辺りから、三吉橋で高速狩場線の下をくぐり、ともに10分ぐらいの距離にある店です。

両店とも住宅街の中にあって、いい雰囲気でした。私が子供だった昭和40年代には、この二軒のように、ごく普通の街中の酒屋の一角で、軽く一杯飲める店をたくさん見かけたものです。現在のように、改まって「角打ち」と言うようなものではなかったのです。

この二軒をそれぞれビールと缶チューハイで軽くやっつけたあとは、いよいよ本日のメインと思い定めていた、浅見本店へ行きました。店に入ってすぐ、一升瓶をひっくり返してセットした「熱燗機」を見つけたので、飲み物はそれで決まりです。つまみはちょっと迷った末に、かっぱえびせんとツブ貝の缶詰にしました。既に夕方近かったこともあり、店は先客で賑わっていましたので、話の輪に混ぜて貰って楽しく飲みました。

さて、立ち飲みを三軒回ると、さすがに足が疲れました。まあ、そりゃあそうでしょう……。しかし、次はどこかで坐って飲みたいと、スマホで近くの店をチェックするうちに、夜まで営業している古本屋が、近くにいくつかあるのを知りました。それで「紅葉堂長倉屋書店」と「古書 馬燈書房」でそれぞれ何冊か買ったのち、さらにもう一軒、大岡川の旭橋近くにある「カネシバ書店」にまで足を延ばしました。

ここまで歩いたら、もう日ノ出町の駅が近くです。大岡川沿いに下ると、次が長者橋でした。私は浪人時代、週に何度か、紅葉坂の県立図書館に通って勉強をしたものでした。その折、よく昼食を採りに行った店が、長者橋のすぐ傍にありました。ろくろく店名も確かめずに入っていた小さな店でしたが、前を通ったら今も健在で、非常に懐かしくなりました。ネットで調べたら、それも当然のこと、横浜の洋食店の中でも特に有名な老舗である「ミツワグリル」だったと知りました。

ここで何か食べることがチラッと頭をかすめましたが、そうするとお腹が苦しくなって、今夜はもう飲めなさそうです。浪人時代の思い出に浸りながら、さらに桜木町の駅まで歩きました。駅の向こうは、ベイエリアです。いっそ、海まで歩こうか、とも思いましたが、さすがに足がくたびれました。大岡川に沿って、上流へと戻りました。どこかでもう一杯と思ったのですが、夜が本格的に始まっているため、気が利いた居酒屋はどこもみな大賑わいで、そこに入って一緒にわいわい飲むのも、なんだか億劫な気分です。

結局、日ノ出町駅傍の日高屋で、餃子やメンマなどの小皿をつまみながら飲んで、キャンピングカーに戻りました。銭湯でひと汗流したかったのですが、残念ながら、もう閉まってしまっている時刻です。車の後部に横たわると、歩き回った疲れが出たようで、すぐに眠ってしまいました。

深夜になってトイレに起きると、賑わっていた街がすっかり静まり返り、人の姿は誰もありません。しかし、街灯は煌々と灯り、ビルのいくつかの窓には、まだ起きている人がいることを示す灯りがありました。キャンピングカーの中で、時おり通り過ぎる車の音を聞くうちに、再び眠りが訪れました。

香納諒一(かのう りょういち)

1963年神奈川県生まれ。小説家。『幻の女』で第52回日本推理作家協会賞受賞。著書『刑事群像』徳間文庫 990円(税込)ほか多数。

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