Web版 有鄰 第596号 『学力喪失』今井むつみ ほか - 有鄰らいぶらりい
第596号に含まれる記事 2025/1/1発行
有鄰らいぶらりい
『学力喪失』
学ぶ力、「学力」とは何かと問えば、ほとんどの大人は「学校での成績」と答えるだろう。しかし、一夜漬けでいい成績をとっても、身につかない。詰め込んだ情報は「生きた知識」にはならない。〈知識は「覚えるもの」ではなく「学び手が創り上げていくもの」〉なのである。
足し算から始まり、引き算、かけ算、割り算ができるようになると、〈なおきさんのテープの長さは、えりさんのテープの長さの4倍で、48cmです。えりさんのテープの長さは何cmですか〉といった文章題を解けるようになる。ここで計算の意味が分かっていないと、意味の不理解が引き継がれて「躓き」が起き、学ぶ力を発揮できなくなる。また、「読む」ことも重要だ。例えば〈10人の子どもがいます。そのうち7人は女の子です。男の子は何人でしょう?〉という問題は、「そのうち」の意味が分からないと解けない。読むときは文を構成する単語を知っていることや、視点を柔軟に変えて推論する思考が大事になる。
人間の赤ちゃんはみるみる世界を学んでいくのに、なぜ子どもたちは、本来的に持つ「学ぶ力」を発揮できなくなるのか? 本書は、その原因と回復への道筋を、認知科学の視点から解き明かした一冊。人間の学びの本質を、見事に説いている。
『うそコンシェルジュ』
布の展示会で知り合って親しくなった相沢さんは、リアルとSNSとで「顔」を使い分ける人だった。その複雑さが重荷になったみのりは、考えた結果、姪の体調不良を理由にして相沢さんと距離を置いた。つまり、うそをついたのだが、それを知った大学生の姪から、サークルをやめたいがどうすればいい? と相談される……(表題作)
うそや言い訳の相談が次々持ち込まれる表題作とその続編をはじめ、習慣管理アプリに頼る「私」が珍しい習慣を持つ中山さんと出会う「第三の悪癖」、52歳の佐江子さんを描いた「誕生日の一日」、夜間診療の受付で同僚になった二人を描く「レスピロ」、祖父の遺品の譲り先を探す「買い増しの顚末」、送別会のお店探しに奔走する「二千回飲みに行ったあとに」など、11編を編んでいる。
断りたいのに、言いにくい。悪癖を正したい。小学校で無視される期間を過ごして以来、グループの計画に前向きになれず、女の子たちの話をいちいち深く気にしてしまう――。日常にある、言語化しにくい思いや出来事が物語になっている。主人公たちはそれぞれに困りごとや課題を抱えつつ、とりあえず明日へと生きていく。「今」を生き延びる人々をあざやかに描き、読者に力をくれる、珠玉の短編集である。
『生殖記』
T県O市で育った達家尚成は大学卒業後、家電メーカーに勤めている。入社して10年、都内の独身寮に住み続ける同期は、尚成と柳大輔、岡村樹だけになった。30を過ぎて体重が増し、大輔と体組成計を買いに行く。〈生きていて虚しい〉というヒト特有の感覚を抱きつつ、なるべく“しっくり”落ち着ける場所をずっと求めていた。
就職して経済的自立を手に入れ、〈生きていける〉とようやく思った尚成は、入社3年目に念願の総務部への異動を果たした。ところが、新型コロナウィルスによるリモートワークへの移行、SDGsへの対応、社内のパワーバランスが変わる中でのレイアウト変更に従事して、予想外に忙しい。〈学校、家庭、企業、地域、社会、国、世界――どの共同体も、崩壊や縮小を目指して活動していない〉ため、拡大、発展、成長に勤しむ共同体の仕組みと無縁でいられない。広報課の多和田颯と話すようになり、樹から大輔について相談されて、尚成の毎日が過ぎていく――。
0に向かってひっそり暮らしていたヒト個体、尚成の生活を、斬新な手法で描く。ヒトと世界に対する洞察が鋭く、読者の価値観を揺るがしつつも、読み心地は温かい。後ろ向きな主人公、尚成たちの未来を応援したくなる、傑作長編小説だ。
『マン・カインド』
2045年、ジャーナリストの迫田城兵は南米の紛争地にいた。大麻で財を成した企業都市が独立を宣言し、三ヵ国との「公正戦」が起きたのである。当事者の片方、あるいは両方が約束事に従う紛争・戦争を公正戦と呼ぶ。三ヵ国による軍事企業〈グッドフェローズ〉投入に対し、企業都市側が世界最高の公正戦コンサルタント、チェリー・イグナシオを招いたことで関心が高まった。迫田は、イグナシオが投降兵士を虐殺するのを見て速報を打つが、配信拒否に遭ってしまう。
サンフランシスコの事実確認プラットフォーム〈COVFE(コヴフェ)〉は、フェイクニュースの洪水を食い止めて、アメリカ合衆国の再統一に寄与していた。その〈COVFE〉がなぜ、迫田の速報をはじいたのか?
イグナシオは迫田に、虐殺した5人の遺族を訪ねてほしいと言う。戦争犯罪の理由がなぜアメリカで見つかるのか? 迫田はグッドフェローズの生存者レイチェルとともに、アメリカへ向かう。
2014年刊『オービタル・クラウド』で第35回日本SF大賞、2018年刊『ハロー・ワールド』で第40回吉川英治文学新人賞を受けた著者による、SF長編。本書は「SFマガジン」連載版で第53回星雲賞【日本長編部門】を受賞している。スリリングな一冊だ。
(C・A)
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