Web版 有鄰 第597号 小規模出版・書店とZINE/中岡祐介

第597号に含まれる記事 2025/3/10発行

小規模出版・書店とZINE – 4面

中岡祐介

本をつくる本屋

5年前、東急東横線の妙蓮寺駅近くに、「本屋・生活綴方」(以下、生活綴方)という名前の、新しい書店を開業した。妙蓮寺で70年つづく街の本屋「石堂書店」を本店として、道を挟んでその斜向かいの位置にある。石堂書店は当時、売上の漸減と借入金の返済により、いよいよ将来の見通しがたたなくなっていた。地元の不動産店・建築会社の「住まいの松栄」とぼくが営む出版社「三輪舎」へ石堂社長が助けを求めたことがきっかけで、有志による経営再建のプロジェクトが組まれた。その一環で、活用されていなかった旧別館の跡地に開業したのが生活綴方である。石堂書店は雑誌、文庫、新書、コミック、実用、文芸といったジャンルに分かれて売り場が構成され、大手取次からのみ本を仕入れている。

一方、生活綴方は詩歌やエッセイ、ノンフィクションを中心とし、取次からは仕入れられない小出版社の書籍や、個人・同人のレーベルから仕入れた少部数の書籍を揃えている。それに加え、店に隣接する工房に設置した簡易印刷機「リソグラフ」を活用し、レーベル「生活綴方出版部」(以下、出版部)として発行した本を扱っている。出版部では、100名以上いる店番やギャラリーで展示をする作家・アーティスト、あるいは常連客らに中岡が声をかけて執筆をしてもらい、編集、校正、装丁、印刷、製本までの制作を自前でおこなっている。

そもそも「生活綴方」とは大正から昭和にかけて教育現場において提唱・実践されたムーブメントの名称である。簡潔に言えば、生活において知覚し思考したものを具体的に綴ることを通して、自己と社会に対するよりよい認識に至ることを目的にしている。ぼくがつくった本屋ではその言葉を拝借し、「生活を綴る=書く」という本来の意味に加え、「生活のなかで綴る=つくる」という意味を重ね、本を書くひとやつくるひとが集まる本屋にしようと思った。

妙蓮寺というあまり知られていない街で地域に根ざした書店をもう一軒開業しようと思ったとき、本を売り買いするだけでなく、ともに本をつくることで、地域の人たちと有機的につながることができ、結果、安定した経営の基盤にもなりうるのではないかと考えた。

自分でつくる自由

ZINEを含む生活綴方の出版物

ZINEを含む生活綴方の出版物

出版部でつくる本は、世間的にはZINE(ジン)と呼ばれることが多い。ZINEとは、商業的に制作・販売される書籍と異なり、個人が主に自己表現のために制作し、有料販売ないし無料配布されるものである。ファン雑誌や同人誌を意味するファンマガジン(fan magazine)→ ファンジン(fanzine)が転じてZINEと呼ばれるようになった。

ぼくらは本をつくっているつもりだが、最近では使い分けて、あえてZINEと呼ぶこともある。というのも、「本はつくれないがZINEならつくりたい」という人が少なくないからだ。

本、というと少なくとも100ページ以上の、きれいに印刷製本されたものを思い浮かべる。実際、本を書いたというと、出版社から依頼されて長い文章を書いたのかと尊敬の眼差しを向けられたりする。実際にそういうかたちで本を書くひとは一握りであり、ほとんどのひとにはそのような機会はない。まして、自分で本をつくるなどということは想像だにしない。ブログやSNSで文章を書くことに慣れている人でも、本を書くとなると突然身構えたり、尻込みしたりしてしまうことがある。しかし、同じ人に「ZINEをつくってみませんか」と提案すると、ぜひつくってみたい!と言って積極的になる。

ZINEという言葉は、本と違って、等身大の自分のまま書いて良いというやさしいメッセージをまとっているようだ。本をつくるとしたら、幅広い読者にむけて書かなければならないし、買われ、読まれなければならない。それによって批判されたり、ともすれば炎上したりするかもしれない。そんな不安がつきまとう。でも、それがZINEならあくまで個人的な目的のために自分でつくるものだ。何百ページも書く義務はない。数十ページでもよい。なんなら一枚の紙を真ん中で折って4ページの本だといってもいい。自由なのだ。

小さくつくる、楽しく届ける

店舗に隣接する工房での作業の様子

店舗に隣接する工房での作業の様子

書店に並んでいる本のほとんどはオフセット印刷機という大型トラックほどの大きさの機械をつかって、大きな紙に印刷される。試運転に時間を要し、試し刷りもたくさんする。当然、制作費は高額になる。大量に印刷して、大量に流通し、売ることが前提のシステムである。

一方、ZINEのような少部数の出版物をつくるために、オンデマンド印刷機が活躍している。それによって数十部、数百程度の少部数でも比較的安く作れるようになった。オンライン上で注文を完結できるサービスの多くはこのやりかたで印刷している。本をつくるのに難しく考えてしまって、必ずしも外注に頼らなくてもよい。自宅やオフィスにあるコピー機で印刷したものをホチキス留めすれば、もうそれは本である。実際、出版部の本はそのかたちに限りなく近い。印刷はリソグラフを使用しているが、そもそも本づくりのための機械ではなく、学校の職員室に必ず置いてあるぐらいのありふれた事務機器である。学級便りはほぼ間違いなく、リソグラフで印刷されている。コピー機よりもコストが安く、数百部程度の本=ZINEをつくるにはちょうどよいのだ。

話は前後するが、最近の傾向として、本をつくる気になるトリガーは即売会へ出店を申し込みすることだ。つくったところで売り先がないなら前向きになれない。でも、まだ影も形もない本を出品することを前提に先に申し込みをしてしまえば期限が決まり、そこに向けてつくるだけだ。それはジョギングの習慣を身につけたいがために先にマラソン大会に応募するようなイメージである。

即売会の代表的な例は「文学フリマ」である。もっとも規模が大きい東京会場は2,000以上の出店者と1万人以上の来場者が集う。その他にも規模の大小様々なイベントが開催されており、活況を呈している。その醍醐味は、書き手=つくり手が直接手渡しで本を売ることだ。本の売り買いだけでなく、本を介した会話が楽しい。雑談のなかで得たヒントから次につくる本のテーマが決まることもある。

ZINEから商業出版へ

即売会以外にも、狭き門だが、つくった本を書店に売り込むひともいる。あるいは、即売会が終わった後、「#文学フリマで買った本」というハッシュタグがつけられてSNSを介して拡散された本を書店が目にして取引を持ちかけることもある。書店が積極的に売っていくことで、他の書店が追従し、個人出版にもかかわらず数千部以上を売るケースもある。最近では小原晩さんの『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が話題になり、私家版の発行部数は1万部を超えたという。その後、商業出版された。生活綴方で発行した『私の生活改善運動 THIS IS MYLIFE』シリーズは直販と卸の累計で5,000部を超えたところで、三輪舎で発行し直して、まもなく2万部に到達しようとしている。

中岡祐介
中岡祐介(なかおか ゆうすけ)

1982年茨城県生まれ。〈おそくて、よい本〉 の出版社「三輪舎」代表。本屋・生活綴方主宰。妙蓮寺「石堂書店」代表代行 。

三輪舎 Webサイト 本屋・生活綴方 Webサイト 石堂書店 Webサイト

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