Web版 有鄰 第598号 『毎日読みます』ファン・ボルム ほか - 有鄰らいぶらりい
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『毎日読みます』
〈どうすれば人は本と親しくなれるだろうか?〉 どの本を読むといいかわからなければ、ベストセラーのリストを参考にしてみる。完読しなくてはと気負わずに、別の本に目を向ける。忙しければ隙間時間に読んでみる。
大学でコンピューター工学を専攻し、大企業に就職した著者は、多忙な日々に疲れ果てて、かつてないほど切実な思いで通勤時間に本を読んだ。それまで「楽しい趣味」程度だった読書に、大きな意味を見出す。〈何も持たずに道を歩んでいくときよりも、誰かが丁寧に握らせてくれた手がかりを頼りに歩んでいくときのほうが、わたしは、より勇気ある、より揺らがない人間になれるという点だ。少しの勇気と、少しの強さを、わたしは本から得た〉
著者は韓国の小説家・エッセイストで、初の長編小説が『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)として邦訳され、2024年本屋大賞において翻訳小説部門第1位を受賞した。本書は、2017年に初版が刊行され、21年に改訂版が出されたエッセイ集の邦訳である。体験を交えながら、本と親しくなるためのヒントを53編にまとめている。小説、エッセイ、哲学書等々、言及される多彩な本を読んでみたくなる。本の楽しさにいざなわれるエッセイ集だ。牧野美加訳。
『嵐をこえて会いに行く』
函館支店、青森支店と勤務地は違ったが、同じ会社の若手として20代の頃に知り合って以来、高木志津夫と鳴海遥は長い付き合いだ。ところが、新型コロナウィルス感染症のせいで、3年近く会っていない。津軽海峡を越えて鳴海に会いに行くことにした高木は、旅の中で人生を振り返る(ひとひらの羽)
海と鳥居になぜか惹かれる三浦慎治は、奥平拓海と大学で出会った。函館のホテルに勤める三浦は、自衛隊に就職して青森県の八戸にいる奥平に会いに行く。蕪嶋神社を訪ねると、ウミネコの姿はなかったが……(遠まわり)
小説家の藍井円香は、10代の頃から作品のファンで、自分にとって特別な作家だった松山紫苑の訃報を知る。さらに、頼みにしていた編集者が退職して、失意のためかスランプに陥ってしまった。抜け出したくて函館を訪ね、帰りに盛岡に立ち寄ると……(あたたかな地層)
新函館北斗駅から、新青森、盛岡、仙台、東京へ。東北・北海道新幹線で、旧友や恋人、恩人に会いに行く。途切れかけたつながりが、さまざまな形で結びなおされていく5つの物語を収録。東北新幹線でふるさとに向かう『桜の下で待っている』(2015年)から10年。丁寧に紡がれた物語に胸が温かくなる、優れた連作短編集である。
『月とアマリリス』
北九州市の山中で、一部が白骨化した遺体が発見された。花束らしきものが一緒に埋められ、遺体の衣服のポケットには『ありがとう、ごめんね。みちる』と記したメモ紙が入っていたという。同市でタウン誌のライターをしている飯塚みちるは、東京の出版社、鶴翼社の編集者で元恋人の堂本宗次郎から事件について知らされる。自分と同じ名の「みちる」とは、遺体本人か、埋めた人間なのか?
みちるは宗次郎から、背景を取材して、事件記者として復帰するように言われる。
見えない傷を抱えて生きている人たちのために、声を伝える人になろうと中学時代に志し、東京の大学に進学して記者になったみちるは、ある事件の記事で挫折してしまい、帰郷した。〈亡くなった女性、埋葬したひと、両者がそういう状況にならざるを得なかった事情を知りたい。そして、そこに誰にも届かなかった声があったとしたら、わたしはそれを掬い上げたい〉。みちるは、山中の遺体について取材を始める。
『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞し、話題作を次々発表している著者による、長編サスペンス。事件を追うみちるは、山中の遺体をめぐる人々の境遇を知っていく。取材の過程と抑圧された人々の思いを描いて、引き込まれる。
『汽水域』
東京都江東区亀戸の路上で、無差別殺傷事件が発生した。50代、30代の男性二人と9歳の女児が亡くなり、4名が負傷し、現行犯逮捕された35歳の深瀬礼司は、「死刑になりたい」と供述しているという。
高校を卒業して実家を飛び出し、職を転々としたのち事件記者になって12年。36歳のフリー記者、安田賢太郎は、4年前に離婚した妻と暮らしている7歳の息子、 海斗と月1回の面会をしていた。〈週刊実相〉のデスク、三品から無差別殺傷事件の発生を伝えられ、二つ返事で取材を引き受けて現場に急行する。聞き込みをするうちにはぐれた海斗を保護してくれたのは、関東新報社の記者、服部 泉だった。報道各社が競って事件を追う中で、深瀬を知る女性を探し当てた安田は、独自のインタビュー記事を書く。記事には大きな反響があったのだが――。
『われは熊楠』(2024年)で第171回直木賞の候補になった気鋭の著者が、被害者か、加害者か、あいまいな領域を漂う人々の姿を描いた長編サスペンス。人生を歩む先々で望みを絶たれた深瀬は、なぜ凶行に及んだのか?
取材を重ねる安田は、深瀬の動機に近づいていく。報道の役割など、現在社会の諸相を鮮やかな筆致で浮き彫りにした一冊である。
(C・A)
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