Web版 有鄰 第599号 彩瀬まると『嵐をこえて会いに行く』
彩瀬まると『嵐をこえて会いに行く』 – 人と作品
東北・北海道新幹線で、青森、盛岡、仙台へ――。
途切れかけたつながりを辿る5編を収める、連作短編集
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- 彩瀬まる
『桜の下で待っている』の続編として
東北・北海道新幹線で、大切な人に会いに行く。5話から成る連作短編集である。
「『桜の下で待っている』が文庫化された2018年に、東北各地の書店さんをお訪ねしたとき、八戸市にある成田本店みなと高台店の櫻井美怜さんから『次は八戸も出してください』と言っていただいたんです。私は一冊の本を5、6章で編むことが多く、東北新幹線で東京から北へ向かう人々を描いた『桜の下で待っている』は、八戸に到達する前にその数になって終えていました。次はさらに北を舞台に、と櫻井さんの言葉をきっかけにして続編のイメージが膨らんでいきました」
巻頭の「ひとひらの羽」は北海道から青森へ、津軽海峡を越えて古い友人に会いに行く物語だ。続く「遠まわり」は、青年が恋人に会いに、函館から八戸に行く。
「新型コロナウィルスの流行で続編の計画が止まり、22年暮れごろにようやく取材に行ける様子になって、函館から第1話を始めて南進する設定を考えました。函館に取材に行き、土方歳三の史跡に注目して1話を書きました。櫻井さんとの約束を果たすべく訪れた八戸では、沿岸を飛ぶウミネコが印象的で、ファンタジックな話になりました。旅をすると意外性とともに入ってくる情報がたくさんありますから、想定した物語に土地をあてはめるのではなく、訪ねた土地の空気感や印象を伝えられる物語を作りたいと思っています」
「あたたかな地層」は盛岡、「花をつらねて」は仙台と南下して、途切れかけたつながりがより直される、多彩な物語が紡がれていく。
「盛岡が舞台の第3話を書く頃には、会いに行く相手との関係性を、だんだんと重く逃れにくいものにしていこうと考えていました。1話が友人、2話が恋人、3話が仕事の相手、4話が家族、5話は、それら全てに関わっている政治です。『桜の下で待っている』は東日本大震災、今回はコロナ禍という、どちらも大きな災害や困難があったあとにどうリカバリーするかの模索がテーマになって、その点でも一対の短編集になりました。4話は『家族』を初めに考えて、きれいな解決はなくても、最善を模索しながら人が生きていることを書けたらと思って、非常にもつれた話になりました(笑)。当事者以外には見えにくい事情が家庭にはあって、それは空気のようなものだから抗うのが難しいんですけれど、私はこれまでも同調圧力に関する物語を書いてきたと思います。悪い方向に流れていきそうなとき、どうしたらいいか。今のところは、自分にも、共同体にも疑いを持ち続けるという答えになっています。疑いがあったり、間違えたりするかもしれないけれど、人生は続く。覚悟と諦めを持ち続けながら生きていくのが大事なのかなと思っています」
新人の気質を持ち続けたい
1986年、千葉県生まれ。上智大学文学部卒。2010年、「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。13年に、『あのひとは蜘蛛を潰せない』を上梓した。
「父と母がそれぞれに本を勧めてくれて、子供の頃からどれも楽しんでいました。初めて自覚的に好きな作家として読んだのは灰谷健次郎さんの本で、その時々で流行っている本を買うようになり、江國香織さん、吉本ばななさん、川上弘美さんにはまって読んでいきました。装丁が美しくて、文庫を買うのが楽しかったですね。中学2年くらいから小説を書き始めて、就職を意識した大学3年生の頃に初めて投稿したら、文学賞の三次まで残ったんです。社会人になってからも投稿を続けて、デビューしました」
『くちなし』(17年)で直木賞候補になり、同作で第5回高校生直木賞を受賞。『新しい星』(21年)も直木賞の候補になった。
「どこに辿り着くかわからないけれど、何かがあるから行ってみる。未知のものを探す長編を書かないと自分の領域が広がらないので、長編で冒険をして、冒険で獲得したものを短編でお見せする感じで書いています。だいぶベテランになったと褒められると嬉しいですが、もっと冒険するべきだと思うし、次に何を書くかわからない、新人の気質をいつまでも持ち続けたい。登場人物も思われがちな枠から外して書きたくて、初めのイメージが物語の中で少しずつずれていく風に試みています。そうして現れる姿のほうが、実際のその人に近いんじゃないかと思います」
(青木千恵)
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