Web版 有鄰 第599号 『ミナミの春』遠田潤子 ほか - 有鄰らいぶらりい

第599号に含まれる記事 2025/7/10発行

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『ミナミの春』

1月に阪神・淡路大震災が発生し、3月には地下鉄サリン事件が起きた1995年の4月。高瀬吾郎は、震災で亡くなった娘、春美の遺骨と遺された孫を引き取るため、芸人の佐藤ヒデヨシと会う。人気漫才コンビ「カサブランカ」のチョーコに憧れて漫才師を目指した春美は、ヒデヨシと「はんだごて」を結成したが、売れないまま6年前に解散し、震災に巻き込まれた(松虫通のファミリア)

元号が平成になって2年目の10月、優美は恋人の誠と朝からミナミを歩く。なんばグランド花月の前には漫才コンビ「カサブランカ」の看板がかかっているが、姉のチョーコが「硫酸事件」で休養中のため、妹のハナコは一人でタレント活動をしていた。ハナコの大ファンで、大食い番組で活躍する様子を激賞する誠の話に合わせながら、優美は子供時代の食卓を思い出す(道具屋筋の旅立ち)

“一発屋”と言われた歌手と作曲家の夢(アモーレ相合橋)、夫の隠し子疑惑を知った妻(道頓堀ーズ・エンジェル)、父の過保護に悩む高校生(黒門市場のタコ)、そして2025年、春美の娘の結婚で、ヒデヨシが奮闘する(ミナミの春、万国の春)。大阪・ミナミを舞台に、人々のつながりを描く。著者が新境地を開く、6編からなる傑作家族小説である。

『ミナミの春』
遠田潤子:著/文藝春秋:刊/1,980円(税込)

『それいけ!平安部』

県立菅原高校に入学したわたし、牧原栞は、同じ1年5組の平尾安以加から「平安時代に興味ない?」と話しかけられた。中学1年の歴史の授業で“平安顔”と言われて先生に反論して以来、わたしは平安時代が嫌いだったが、特に入りたい部活もなかったので、安以加が創設した「平安部」に入部する。

部活動になるには、5人以上の生徒が必要だった。中学までサッカー部だった1年2組の大日向大貴、百人一首部の幽霊部員だった2年1組の明石すみれ、安以加の幼なじみで2年3組の光吉幸太郎が快く入部してくれ、創部届が受理される。平安の心を学ぶ部活動が誕生したが、平安部って、何をやるの?

人柄も関心もばらばらな5人が集まり、博物館に行って平安時代の展示物を見、書道や和歌など、平安時代に関することに触れていく。蹴鞠の大会があると知って、夏休みは京都に遠征することに。平安文化を体験できる「平安パーク」を作る、秋の文化祭が近づいてきて――。

デビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)で坪田譲治文学賞、2024年本屋大賞などを受賞した著者が、新しい部活に取り組む高校生たちを描いた青春小説。何をしても平安への理解が進んで、次の目標ができるのがおもしろい。

『それいけ!平安部』
宮島未奈:著/小学館:刊/1,760円(税込)

『もの語る一手』

〈天才を産み育てるというのは、いったいどんな気持ちなのだろう〉。離婚後、一人息子の利樹と田舎町の古いアパートで暮らして7年。利樹と生年月日が同じ20歳の棋士の活躍をテレビで見ながら、「私」は思いめぐらしていた。利樹から進路を打ち明けられて……(青山美智子「授かり物」)

今から40年近く前の昭和の終わり頃、賭け将棋を生業にする「真剣師」の男がいた。ある日、12歳の真剣師と対局する。100円から勝負を始めると……(葉真中顕「マルチンゲールの罠」)

15歳で中学生棋士になり、18歳で棋聖を獲得して天才と呼ばれた青柳竜司は、20歳を過ぎてから勝てなくなってしまった。華々しいデビューから30年、負けることに慣れすぎていた頃、元奨励会員の段真人が変わり果てた姿で現れる……(橋本長道「なれなかった人」)

そのほか、白井智之「誰も読めない」、貴志祐介「王手馬取り」、芦沢央「おまえレベルの話はしてない(大島)」、綾崎隼「女の戦い」、奥泉光「桂跳ね」という、いずれも将棋の世界を題材にした計8編を収める。“勝負”の内外にある無数の思いを、豪華執筆陣が物語にして個性豊かに紡ぎあげている。将棋と小説、両方の魅力にいざなわれる将棋アンソロジー。

『もの語る一手』
青山美智子他:著/講談社:刊/2,090円(税込)

『恋恋往事』

離婚して実家に戻り、父の商店で働いた來春は、都市開発の波で新築マンションに移り住んだあとも両親と暮らした。春先に父が亡くなり、一人になった。遺品に日本語の古書や文献があれば譲ってほしいと、姪が訪れる。アメリカの大学で日本統治期の台湾文学を教えている姪の期待に沿うようなものが、あるのだろうか?(表題作)

台湾人だけれど日本で育った私は、3歳の頃の初上陸以来、日本への「再入国」を40年近く繰り返してきた。祖母の葬儀で台湾に行くため空港のラウンジにいると、従兄と再会する。その従兄と私は幼い頃、祖父の還暦を祝う宴で虎の歌を披露した。2匹の子虎は今、東京から台北に向かっている(二匹の虎)

他に、頼まれてモデルになったが、写真家の“意図”とずれが生じる「被写体の幸福」、中国語が堪能な日本人の夫と結婚して娘が生まれ、日本語と中国語、二つの発音で家族の日々が作られていく「君の代と国々の歌」の、計4編を収録。〈他のひとたちにあって自分にはないもののことを思って憂うのではなく、他のひとにはなくて、私だけが持っているらしいもののことを考えよう〉(二匹の虎)。日本と台湾の記憶を重ねながら、過去から現在、未来へ生きていく人々の姿を描いた、著者の最新作品集。

『恋恋往事』
温又柔:著/集英社:刊/1,980円(税込)

(C・A)


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