Web版 有鄰 第600号 記者と作品 ――「人と作品」を振り返る /青木千恵 「有鄰」の書籍紹介の軌跡 /「有鄰」編集部

第600号に含まれる記事 2025/9/10発行

記者と作品
――「人と作品」を振り返る

青木千恵

「人と作品」は、その時々の新刊について著者に聞くインタビュー記事である。藤田昌司さんと、金田浩一呂さん。私の前に「人と作品」を担当したお二人は、文芸記者の大先輩たちだった。

藤田さんは時事通信、金田さんは産経新聞で長く文芸記者を務め、1993年に産経新聞文化部に配属された私は、その頃は夕刊フジにいた金田さんと知り合った。私たち世代と金田さん世代の文芸記者の会合が2003年にあり、金田さんからよく名前を聞いていた藤田さんとお話しした。金田さんと藤田さんは親友のようだった。取材して回る記者は、他社の記者と出先でよく会うのである。

ある日、金田さんから電話があり、普段取材しているだろうから、それを「有鄰」という媒体でも書いてくれないかと言う。「人と作品」を担当していた藤田さんが目を悪くし、金田さんも手が回らなくて代打の代打になった。

管理職もして新聞社を退職し、文芸評論家、文筆業として仕事をしているのが、私の知る藤田さん、金田さんの姿だった。今回、600号の編集会議で「人と作品」の一覧を見て「すごい」と思った。大江健三郎さん、大岡昇平さん、有吉佐和子さん、安部公房さん、遠藤周作さん、藤沢周平さん、丸谷才一さんら、そうそうたる作家と作品が並ぶ。

10代の頃に一読者として読んでいた「作品」や、自分も取材してみたかった「人」を中心に十数点ほど読むと、藤田さんの「人と作品」は批評性のあるコラムだった。戦後50年の節目に刊行された『日本のいちばん長い日〈決定版〉』では、構成を読み解きつつ決定版独自のポイントをわかりやすく記し、著者・半藤一利さんの言葉とともに新刊の意味を語る。どの回も作家の足跡と新刊の意味が捉えられ、なおかつ語り口が柔らかくて「読みたい」と思わせる。作家と記者が会っている場の様子と、当時の世の中までが想像されてくる。記事の奥行きが深いのだ。

記者にとって取材は日常で、藤田さんは「すごい」ことをしているつもりではなかったと思う。読む、聞く、書くを繰り返す中で作家に聞いた一時間は、時代が下るほど「記録」になっていく。過去の証言になるのだから、記事は実際の言葉と事実に基づいたものでなくてはならない。藤田さん、金田さんはその基本ができていたから、信頼されたのだろう。代打で2003年秋から担当した私は2005年に退社して、新聞記者でなくなっても取材できるのか不安だったが、どの方も快く応じていただけたのは、有隣堂と「有鄰」に対する信頼からだった。印象に残る回としてお一人挙げるなら、2005年に『シリウスの道』について伺った藤原伊織さんだ。がんの公表直後にもかかわらず、以前と変わることなく接してくださって、フリーになりたての私のほうが励まされた。

「有鄰」453号(2005年8月号) 人と作品
藤原伊織と『シリウスの道』
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「有鄰」は、書店の発行する新聞だった。藤田さんの「人と作品」の周りにはいろんな記事が載っていて、読者投稿を見ると、本と書店が好きな方だったんだろうなと想像する。藤原さんは2007年、藤田さんは2008年、金田さんは2011年に亡くなって、もう会えない。でも、本と記事は残されていて、また会うことができるのである。

(書評家・本紙編集委員)


「有鄰」の書籍紹介の軌跡

書店の情報紙として、書籍紹介や書評による〝本の情報提供〞を続けてきた。座談会などの大型企画で特定の書籍をテーマとすることもあったが、定番コーナーは「人と作品」「有鄰らいぶらりい」「類書紹介」「新刊書の手引き」「全集・豪華本案内」「ベストセラーズ」である。

新刊を中心に、毎号数点をあらすじとともに紹介する「有鄰らいぶらりい」は10号から前号まで、号ごとにテーマが異なる「類書紹介」は26号から592号まで続けた。

「人と作品」のこと

社外の文芸評論家、藤田昌司氏、金田浩一呂氏、青木千恵氏による書評欄である。一人の作家と作品に焦点をあて、魅力を伝える。 

インタビューに応える作家の言葉と、聞き手による解説や補足情報の短文を、交互に提示して読者の理解を深めていく構成だ。作家から作品の着想や背景も語られる。

昭和46年の46号から「作家と作品」の名称で開始し、翌年の53号で「人と作品」に変更した。以降、毎号掲載を続け、合計で554回。その大半を藤田氏が担当している。金田氏は藤田氏から青木氏への橋渡し役であろうか、数回を担当したのち青木氏に引き継いでいる。青木氏は432号から599号までの計168回を担当している。
(ちなみに三氏は「人と作品」だけでなく座談会にも出席している。藤田氏と金田氏は360号「最近ベストセラー事情」、477号「城山三郎―気骨ある文学と人生」

長期にわたる掲載のため、複数回にわたって取り上げた作家もいる。渡辺淳一が最多の5回。永井路子、遠藤周作、吉村昭、藤沢周平、丸谷才一が各4回の登場だ。

インターネットの普及により書籍の情報を簡単に収集できるようになったとはいえ、文芸評論家など専門家による選書や書評には現在も大きな意義がある。ここですべてを紹介することはできないが、振り返ると選書は時代が反映されるものだと思う。

藤田氏による「有吉佐和子と『恍惚の人』」(56号 昭和47年)は、冒頭の見出しを〈暖かい目で老人を描いた〉とし、次のように紹介している。〈老年の問題が、自分の問題だと気付いた著者が、老人問題が学問的にどう研究されているかを調べ約5年後に書きおろしたのが『恍惚の人』である。(中略)老人問題と真ッ向から取り組んだ小説は、日本では恐らくこれが初めてだろう〉。

金田氏は414号「阿川佐和子と『いい歳旅立ち』」でこの作品を〈軽妙でリズミカルなエッセー集〉と紹介したが、さかのぼると平成3年の289号で金田氏の著作『文士とっておきの話』を藤田氏が取り上げ、阿川家の方々と金田氏の微笑ましいやりとりに紙面を割いている。文士と記者の関係に時代を感じられ、興味深い。

青木氏の端正な仕事はぜひ直近の「有鄰」を読み返していただきたい。

※文中作家名敬称略

(「有鄰」編集部)

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