Web版 有鄰

526平成25年5月1日発行

新野剛志と『美しい家』 – 人と作品

家族とは何かを問い直すミステリー


新野剛志氏/撮影・上野伸輔

衝撃をうけた「スパイ学校」の話を冒頭に

深夜の街で、作家の中谷洋は若い女と出会った。〈きっと信じてもらえないと思いますけど、子供のころ、あたしスパイ学校に入れられてたんです〉。そう話し、翌朝姿を消した女とのかかわりが、中谷の運命を変えてゆく。

「数年前、喫茶店で通りすがりの女性から、『子供のころ、スパイ学校にいた』と言われたことが実際にありました。言われた僕は驚き、嘘だろう? と思う気持ちと、もしかしたら本当かもしれないという気持ちで揺らいだ。そのときの衝撃を文章にしてみたい、女性が話す場面を冒頭に置いて書いたら、面白い小説になりそうだと考えました。ただし、スパイ小説にしたら『スパイ学校』があって当たり前になる。スパイ小説ではなく、彼女の話が嘘ではない設定にどういうものがあるかを考えました」

主人公の中谷洋は、かれこれ4年間、小説を書いていず、雑文書きなどで生活している。離婚後、元妻が1人娘を引き取り、現在独身。ある夜、コンビニエンス・ストアの前で酒をあおる女性を見かけて保護し、「スパイ学校」の話に驚く。30年前に失踪した姉の面影を求め、中谷はその女、原亜樹と再会する。そのころ、ある男が亜樹の行方を探していた――。

「スパイ学校にいた人物がもう1人いたら、スパイ学校の謎に対して読者がより関心を持ってくれるのではないかと、工藤友幸を登場させました。亜樹と友幸の子供時代を考えるうちに、『家族』のテーマが浮かんできた」

中谷、亜樹、友幸はそれぞれ1人で生活しながら、心の奥底では、家族の情や絆を求めている。中谷は姉の失踪事件に囚われており、亜樹と友幸は、子供時代の記憶を引きずり続けている。 「この小説を構想していたとき、僕は母の介護でストレスを感じ、家族の引力や絆とは何だろうと考えていました。家族などいらないと捨てられるかというと、そうはいかない。また、実の親の記憶がほとんどない子供が、長年接する育ての親とは別に実の親を求める現象があったり、家族とは何なのだろうと」

三人の運命はやがて重なりあい、そこで起こる出来事は衝撃的だ。スパイ学校も含め、全ての謎が解き明かされる。多くのことを考えさせられる。“衝撃と戦慄のミステリー”という、本のキャッチコピーに偽りなしだ。

「僕自身は、ごく自然に家族と接しています。家族について大げさにこだわる必要はなく、普通でいいと思う。しかし、この小説に登場する3人は、普通に愛情を注ぐことができない人々。逆に言うと、一般的な家族の情や絆から自分が外れていることについて、強い不安や疎外感を持っているのかもしれない。現実をデフォルメして描くのが小説の世界です。答えを出さずに、家族のことを小説にしたかった。不安や疎外感を乗り越えるにはどうしたらいいか、読者それぞれに答えをみつけてくれたらいいなと思っていました」

会社員のまま失踪 放浪生活の意味づけに乱歩賞に挑戦

1965年、東京都生まれ。立教大学社会学部卒業。99年、『八月のマルクス』で江戸川乱歩賞を受賞。著書に『もう君を探さない』『愛ならどうだ!』『FLY』などがある。2008年刊『あぽやん』は直木賞候補になり、今年テレビドラマ化された。

「就職した旅行会社に勤め続けるつもりでしたが、徐々に仕事から逃げがちになっていきました。明日辞めたいが辞められないだろうから、誰にも行く先を告げずに失踪しました。生真面目すぎる性格を直し、くだけた人間になって家に帰ろうと思いましたが、やはり何か、放浪生活に意味を持たせたくて、3年計画で江戸川乱歩賞に挑戦することにしました」

挑戦3度目で受賞し、以降、ミステリー作家として活躍。重厚な作品、軽いタッチの作品を書き分け、ミステリー以外の小説に初めて挑戦した『あぽやん』で新境地を開いた。“面白い小説を書く”とのスタンスでぶれないことが基本姿勢という。

「デビューして10年以上が経ち、何か書けそうな取っ掛かりがあれば、そこから考え抜き、読者に楽しんでもらえる小説に仕立てる手法が身についてきたかと思います。『美しい家』では友幸が親の代からの貧困に苦しんでいますが、貧困問題が心に引っかかっています。“格差”や“下流”などに転落することではなく、ベーシックな貧困とは何か、断ち切るにはどうするか。教育の問題も含めて掘り下げてみたい」

(青木千恵)

美しい家・表紙画像

美しい家』/新野剛志/講談社/1,600円+税

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