Web版 有鄰

527平成25年7月3日発行

有鄰らいぶらりい

ふたつめの庭』 大崎 梢:著/新潮社/1,600円+税

湘南の街を舞台にした連作短編集である。保育士になって5年の小川美南は、湘南モノレールの沿線にある「かえで保育園」に勤めている。ある日、美南が受け持つ「もり組」の志賀旬太が同じクラスの子といさかい、額にけがをする。夜、旬太を迎えに来た父親の隆平にけがについて説明すると、隆平は怒るどころか、美南をねぎらってくれた。旬太の家は、保育園入園後に両親が離婚、隆平が親権者になった父子家庭だ。一流企業に勤める隆平は、定時退社しやすい部署に異動し、毎日、旬太の子育てに奮闘している。仕事と両立できるのだろうか。美南は、旬太父子をそれまで以上に気にかけるようになる――。

保育園では、予測不能なことが次々と起こる。絵本をめぐる出来事を通し、子どもの事情が描かれる「絵本の時間」にはじまり、バツイチ・子持ちながらモテて仕方がない美貌のシングルマザー・花村マリ子が、隆平と急接近していることを美南が知る「海辺のひよこ」、しばらく音信がなかった旬太の母親が、保育園に姿をみせる「日曜日の童話」など7話を収録。絵本のディテールを少なからず盛りこみ、子育てを通して、人と人とがかけがえのない絆を新たに紡いでいく過程を、丹念に描く。心が温まり、多くのことを気づかされる1冊。

友罪』 薬丸 岳/集英社/1,700円+税

ジャーナリストを志しながら、27歳にしてネットカフェ難民に陥った益田純一は、当面の生活費とねぐらを求めて、埼玉県内のステンレス加工会社に就職する。同時期に採用され、入寮した鈴木秀人は、暗い印象の男だったが、同年齢の縁もあり、徐々に打ち解けて友人になる。東京から荒川をひとつこえた町工場には、都会で挫折を経験した人々が集っていた。

ある日、益田のもとに、大学の元同期生で、在京テレビ局の看板アナウンサーとして活躍する清美からメールが入る。少年犯罪についての意見を求められた益田は、14年前に郷里で発生し、小学校低学年の男児ふたりが殺害された猟奇事件を調べるうち、当時14歳だった犯人の少年が、実は同僚の鈴木なのではないかと思い始める。

1997年に発生した「神戸連続児童殺傷事件」をモチーフに、過去に重大犯罪を起こした人間の「その後」を問う長編群像劇。女優になる夢が破れ、元恋人からのストーキングに悩む事務員、少年の更生に注力するあまり、実の子との縁が絶えてしまった矯正局の職員ら、人々の運命が交錯する。江戸川乱歩賞受賞作『天使のナイフ』で2005年にデビューして以降、犯罪とそれをめぐる人間の内面を描き続けている作家の、新たなる代表作。

方丈記』水木しげる/小学館/1,600円+税

里中満智子、黒鉄ヒロシら戦後漫画界をリードしてきたベテラン漫画家が、日本の古典を独自解釈でビジュアル化した「マンガ古典文学」シリーズ(全10巻)の1作。今年91歳の著者が描いたのは、〈無常観〉を文学に昇華させた鴨長明の生涯だ。著者は太平洋戦争で出征する前、『方丈記』を読んで共感を覚えたという。〈死に行く者はあきらめの境地にならなければならなかったのだ〉

久寿2年(1155)、京の神官の名家に生まれた長明は、早くから歌人、琵琶の名手として知られるが、18歳で父を亡くし、相続争いに敗れる。長明が生きたのは、政変や戦争、天変地異に絶えず見舞われた時代だった。平安京の3分の1が焼失した安元の大火、旱魃、大地震。国政では、福原遷都、源頼朝の挙兵と平家滅亡などの変転が続く。後鳥羽院の好意を得ながらついに父の跡を継げず、諦観を深めた長明は、50歳で出家、山里に移り住んで「方丈の庵」を結んだ。

戦争という人災を生き抜いた水木しげるが、中世の天変地異と血なまぐさい権力闘争を目撃し、優れた文学を創出した鴨長明の世界を活写。現代の閉塞感と長明の〈無常観〉とが重なりあい、示唆に富む。

『方丈記』原文と作品解説、作家・荒俣宏氏による寄稿も収録している。

そのとき、本が生まれた』 アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ:著 清水由貴子:訳/柏書房/2,100円+税

グーテンベルクの活版印刷技術の発明から約半世紀。16世紀前半のヴェネツィアでは、読書人口の高まりを背景に出版業が栄え、印刷業発祥の地・ドイツを凌ぐほどになった。本書は、ヴェネツィア出身で現在はミラノに住むジャーナリストが、16世紀ヴェネツィアで起きた出版業の爆発的な隆盛を、ふんだんな薀蓄とともに描きだしたノンフィクションである。

イタリア・ルネサンスは、書物の世界にも革新をもたらした。絵画のラファエロ、彫刻のミケランジェロらと肩を並べる「革命児」が、出版のアルド・マヌーツィオだった。15世紀後半にヴェネツィアに移った彼は、40歳目前で出版業に身を投じ、手軽に持ち歩ける、現代の電子書籍や文庫本の元祖となる小型本を考案し、イタリック体を発明し、最初のベストセラー本を出版した。知識人だった彼は、売れ筋の商品だけでなく、きちんと内容をみて出版すべき本を選んだ。この時期を境に、出版業は文化的な市場へと発展していく。

ヘブライ語書籍の出版、500年の間、歴史の闇に埋もれていた世界初のアラビア語のコーラン、楽譜の出版、世界初の料理本・美容本、作家の誕生。書物都市・ヴェネツィアについて記され、好奇心あふれる人々の自由な空気が伝わってくる好著だ。

(C・A)

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