Web版 有鄰

529平成25年11月3日発行

長岡弘樹と『教場』 – 人と作品

事件の真相を見抜く教官の存在

警察小説のブームが続く中、前代未聞の”警察学校”小説が登場した。「職質」「牢問」「蟻穴」など全6話とエピローグで構成された、連作ミステリー集である。

「2009年3月に、警察小説のくくりで原稿依頼をいただいたのが端緒でした。あらゆるスタイルの警察小説がすでに書かれていて、誰も手をつけていない分野はどこだろうと、消去法でたどりついた題材が警察学校でした」

舞台を決めたが、警察学校に関する文献は数少ない。警察学校を卒業したばかりの巡査に会い、構想を膨らませた。学生は入寮し、同期生と寝食を共にしながら専門的な知識と技能を学ぶ。“学校”とはいえ、〈必要な人材を育てる間に、不要な人材を篩い落とす場〉でもある。『教場』では、厳しい生活の中で学生の思惑が交錯し、それに伴い事件が起こる。眼光鋭く真相を見抜く人物が、白髪の教官、風間公親だ。

「風間は、本格推理小説における名探偵のような存在です。取材中、教官にまつわる話がとても印象的でしたので、ストーリー全体の主柱として教官の存在がなくてはならないなと、直感的に思いました。さまざまな経歴の学生が、教官を取り巻く形になる構図は、最初の段階から頭の中に浮かんでいました」

2009年に書き始めて、2013年6月に本にまとまるまでに4年の歳月をかけた。来る日も来る日も悩み、七転八倒の状態だったという。ボツになったエピソードは、本に収められたものの倍以上。最後の最後まで苦心した一冊だが、その分、一編一編の完成度がきわめて高い。甘くない後味の話がありながらも、読み終えたときには爽快感がある。刊行後、“既視感ゼロ!”といった感想を得て、ベストセラーになっている。

「どのように読まれるか不安でしたから、好評をいただいて、本当にありがたいの一言です。えぐいエピソードもありますが、希望や達成感など、明るいものがひとつほのみえる、そんな読後感を目指しました。厳しい場所でも卒業は“大団円”ですから、何かしらの達成感があるはずだと思っていました」

日常的な出来事のミステリーをアイデアで読ませる

1969年、山形県生まれ。筑波大学卒。団体職員を経て、2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。2008年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)。同作を収録した文庫『傍聞き』は、39万部のベストセラーに。ほかの著書に『陽だまりの偽り』 『線の波紋』がある。

「大学1年生のとき、冒険小説を紹介した雑誌記事が機縁で、逢坂剛著『カディスの赤い星』、船戸与一著『山猫の夏』を読み、とても面白くて、以降、小説にのめりこみました。読書傾向が徐々に変化して短編ミステリーやアイデア小説が好きになり、ヘンリー・スレッサーやフレドリック・ブラウン、日本では阿刀田高さん、星新一さんの作品を熱心に読み、好きが高じて、自分でも書き始めました。就職後は書く時間がなくなり、書いてみたい気持ちが消えず、2001年、31歳で退職し、小説に専念しました。働きながら書きたかったのですが、二束のわらじを履くことができないタイプでした。腹をくくってやるなら、小説をやろうと」

ジャンルはミステリーだが、凶悪犯罪ではなく、比較的小さな事件を題材にする。日常的な出来事の謎が解かれる過程で、人間ドラマや町の風景が浮かびあがる。デビュー後、短編ミステリーの名手として知られるようになった。短編作品が多いのは、物語よりもアイデアが好きで、アイデアを形にしたくて小説を書くからだそうだ。

「『小説家』といわれると違和感を感じるんです。『作家』、あるいは『アイデア作家』といわれると、しっくりきます(笑)。短編の完成度をあげるためには、できる限り時間をかけることに尽きます。何回も読み返す。アイデアをどう話にするかを考え抜くうちに、人情や町の風景がまざり込んでくるのは、そうした味わいを盛り込まないと小説として無味乾燥なものになるし、私自身が人情や町の風景を嫌いでないから。アイデア重視で、派手な事件で読者の目を引いてなるものかと、意地になっているところもあります。事件よりも、小説の核であるアイデアをきらりと光らせ、それを面白がってもらいたい。私の小説の舞台は、日本にあるどこか。読者に“自分の話”として読んでいただけるよう、普遍性を意識しています」

(青木千恵)

教場・表紙画像

教場』/長岡弘樹/小学館/1,500円+税

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