Web版 有鄰

535平成26年11月10日発行

番組プロデューサーが明かす「100分 de 名著」 – 2面

秋満吉彦

映像表現は「名著解読」に適した媒体

NHKの放送波「Eテレ」には、伝統的に教養番組というジャンルがあり、さまざまな角度から「視聴者が教養を深めること」に資する番組を放送してきました。平成22年、かなり長い期間放送されてきた「知るを楽しむ」という教養番組をそろそろ見直そうという話が出始めました。折しも出版界では『超訳ニーチェの言葉』、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』など、難解でとっつきにくい名著を新しい視点からわかりやすく読み解く書籍がブーム。実は、映像表現という強い武器をもつテレビこそ、こうした「名著解読」に最も適しているのではないか?そんなちょっとしたアイデアから、同年9月「一週間de資本論」というパイロット版が特番として制作されることになります。難解な名著をどう映像化するか、この特番でさまざまな試行錯誤を行った結果、幾つかのノウハウがレギュラー番組にも応用できるとの手応えをもった当時の担当者たちの一部が、平成23年度に立ち上げたのが「100分 de 名著」です。

一口に名著といっても、哲学書、宗教書、文学、エッセイ等々、数多くのジャンルがあります。まずは一つのジャンルに偏らないよう、プロデューサーが古今の名著から選定し、半年間くらいのおおまかなラインナップを作ります。これはあくまでたたき台。このたたき台を元に、月1回、制作関係者が集まりブレインストーミングを行います。名著選定の一番重要なポイントは、その本から「現代に生きる人々にとって強いメッセージを読み解くことができるか」という点です。いくら名前の知られた名著でも、今、読み直して、人々に強いメッセージを発することができたり、生きるヒントになったりしなければ共感を得ることができません。

たとえば、東日本大震災以降、被災地でフランクルの『夜と霧』が読み直されているという現象に、当時のスタッフが強い関心をもち、『夜と霧』をやろうということになりました。番組を通じて、「強制収容所」という絶望的な状況の中で生きるための希望をどう失わずにいられるかというフランクルの問いが、同じく絶望的な状況を生きている被災者たちに大きなメッセージを今も与え続けているという事実を痛切に感じました。こうした「名著」と「現代」のつながりを創り出すことこそこの番組の役割であると感じています。現代に生きる人々の心に訴えられるような名著の選定を今後も心がけていきたいと思っています。

さまざまな演出で作品の世界観を伝える

名著には分厚い大著が多いのですが、その全てを短い時間に盛り込むのは不可能です。ですから毎回最も苦労するのが、巨大な情報量をもつ名著からどの部分を切り出していくかを考えること。切り出すところを間違えると名著の魅力を損ないかねません。時には、収録でとてもよい話を聞き出せたのに、涙を飲んでカットすることもあります。ただその際にも心がけているのが、「この番組をきっかけに、視聴者に原著を読んでみようという気持ちにさせる」という視点を忘れないこと。いくらよい話でもマニアックすぎたり、枝葉末節にとらわれてしまうと、作品全体の魅力を伝えることはできません。いかにコンパクトにトータルな作品の世界観を伝えるかに、いつも心をくだいています。

取り上げる名著が決定してから解説者の選定に入ります。これはもう本当に地道な作業です。とりあえずその名著について論じられている書籍を片っ端から読破します。その中から、自分たちが考えているテーマをきちんと論じてくれそうな講師を見つけていきます。

テレビ番組は大学の講義などとは違って、退屈されるとチャンネルを変えられておしまい。だから講師が立て板に水で名講義をやればすむというわけにはいきません。視聴者が興味を失わないよう、さまざまな演出の仕掛けを担当ディレクターとともに練っていきます。たとえば、作者の人生や書かれた作品のストーリーをアニメーションで表現したり、印象的なエピソードを寸劇にしたり、重要な引用部分を俳優に朗読してもらったり。回によってさまざまですが、作品の内容に最もあった演出を考え出すことが、番組を面白くしていく要となっています。

「100分 de 名著」アンネの日記
「100分 de 名著」アンネの日記
左から伊集院光さん、武内陶子アナウンサー、小川洋子さん

案内役の2人の役割も欠かせません。タレントの伊集院光さんは、一言でいえば「機転の人」。番組内でのやりとりは実はアドリブ。打合せで決めているわけではありません。にもかかわらず、本質をずばりとついた質問や自分の身にあてた見事なたとえ話が次々に飛び出して、いつも唸らされています。天性の鋭い勘をもった人だと思います。武内陶子アナウンサーは「ムードメーカー」。場が煮詰まったときなど、持ち前の明るさでがらっと空気を変えてくれます。見事なサポート役を果たしてくれています。

「名著は必ず待っていてくれる」

これまでの放送で印象に残っているのは、なんといっても作家、小川洋子さんが解説した『アンネの日記』。これまで「悲劇の少女」「ホロコーストに関する貴重な証言」といった視点が強調されてきて、重々しくてなかなか手に取りにくいといった印象をもっていましたが、実は「思春期の少女が瑞々しい感性と言葉で、日常のかけがえのない瞬間を描いた文学作品」として読めるということを、番組制作を通じて再発見しました。読み始めるととまらなくなるほどの面白さ。アンネ・フランクはまさに「言葉の達人」です。そして、この作品の魅力を余すところなく伝えてくれたのが、作家の小川洋子さん。『アンネの日記』が作家になる原点となったという小川さんならではの視点で、想像もしていなかった『アンネの日記』の魅力を次々に掘り起こしてくださいました。また、俳優の満島ひかりさんも、朗読でアンネの言葉の瑞々しさを見事に表現してくださいました。スタッフや出演者全ての相乗効果で、最近の放送では最も深く作品の魅力を引き出せたと自負しています。

あらゆる世代からの反響をいただきますが、60代以降の老後を迎えた世代の反響が最も大きいようです。特に「若い時代、忙しくて手に取る機会がなかなか得られなかった名著が気になっていたが、読むとっかかりがつかめなかった」という方々が、「この番組が絶好の入門になった」という感想を寄せてくださいます。

今後は、日本文化論や中国の古典が大変好評なので、精力的に取り上げていきたいと考えています。たとえば、日本文化論の名著として知られる岡倉天心『茶の本』や松下幸之助氏や川上哲治氏ら各界の著名人に座右の書として読み継がれている『菜根譚』など。そのときどきのタイミングも重視していきたいと考えています。たとえば、今年生誕450年を迎えたシェイクスピアの作品なども、本年中に取り上げられたらと考えています。

「名著は必ず待っていてくれる」。『アンネの日記』の回に講師を担当してくださった小川洋子さんの言葉ですが、この言葉に、名著と呼ばれる作品に共通するエッセンスが凝縮されていると思います。初めて読んだときにはさっぱりわからなかった本が、時を経て読み返してみるとすっと理解できたり、より深い意味を感じとることができたりする。また、読む年齢やその人が経た経験によって、その本が全く異なった相貌を現すことがある。このように、名著には、幾重にも積み重なった多様な意味が層をなしており、読むたびに全く違った感動があります。名著は、読む人のことをいつでも待っていてくれるのです。

秋満吉彦  (あきみつ よしひこ)

1965年大分県生まれ。
NHKエデュケーショナル特集文化部教養班シニアプロデューサー。

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